義父が亡くなったあと、遺品を整理していると、古い通帳が一冊出てきた。銀行印はすでに使われなくなった型で、最後の記帳は、義父が亡くなる二ヶ月ほど前で止まっていた。
出金欄を見ていくと、毎月10日、決まって3万円という同じ金額が振り込まれていた。振込先の名義は「田中優子」。家族の誰に聞いても、その名前を知る者はいなかった。
一番古い記録の日付を確認して、私は思わず息をのんだ。
今から二十年以上前、夫がまだ小学生だった頃から、その振込は続いていたのだ。
「知らない、聞いたこともない」
通帳を見せると、夫は困惑した様子で首を振った。義父がどういうつもりでこの振込を続けていたのか、確かめようにも、義母もすでに数年前に他界しており、事情を知る人はどこにもいなかった。
手がかりになりそうなものは、通帳に挟まっていた一枚の古い年賀状だけだった。差出人の欄には、隣の県の小さな町の住所と「田中優子」の名前が記されていた。差出人からの一言には「いつもありがとうございます」とだけ書かれていた。
夫は迷った末、休日にその住所を訪ねてみることにした。私も付き添った。
古い一軒家の玄関先に出てきたのは、五十代半ばくらいの女性だった。
その目元が、亡くなった義父によく似ていることに、私はすぐに気づいた。
事情を話すと、女性は静かに、これまでのことを打ち明けてくれた。彼女は、義父が結婚する前に一度だけ関係のあった女性との間にできた子どもで、義父は若い頃、様々な事情から彼女を認知することができなかったのだという。それでも義父は、彼女が成人したあとも、ずっと変わらず生活の支援を続けてきたらしい。
「認知してもらったことはないけど、ずっと父として、気にかけてもらってきました」
彼女はそう言って、少し目を潤ませた。夫にとっては、存在すら知らなかった異母姉ということになる。突然の事実に戸惑いながらも、夫は静かに頭を下げていた。
遺産のことなど、まだ何一つ話し合ってはいない。それでも夫は、その日の帰り道、「時々、顔を見に行ってもいいか聞いてみようと思う」と、ぽつりと口にした。