結婚した日は、今思えば人生で一番不思議な日だった。
市役所の受付時間終了直前。
私は彼と一緒に婚姻届を提出した。
窓口の職員さんは、何度も私たちの顔を見比べていた。
「本当にこの人でいいんですか?」
そんな表情だった。
無理もない。
私たちは、出会ってからまだ3回目だった。
彼の名前は安倍大機。
母の知り合いから紹介された男性だった。
真面目で働き者。
でも、両親を早く亡くし、今は配達員として一人で生活している。
母にはこう言われていた。
「ひな、もう若くないんだから。大切なのはちゃんと働いてくれる人と一緒になることよ」
私の実家には余裕がなかった。
父の病気。
増えていく借金。
弟の学費。
ゆっくり相手を選ぶ余裕なんて、私にはなかった。
だから私は決めた。
この人なら大丈夫。
お金はなくても、優しい人なら。
婚姻届を出した夜。
彼が連れて行ってくれた場所は、東京の古いアパートだった。
しかもシェアハウス。
共有スペースには他人の荷物。
台所には洗っていない食器。
でも、彼の部屋だけは綺麗だった。
ベッドが1つ。
机が1つ。
最低限の服。
壁には配達員の制服。
「君はベッドで寝て」
「俺は床でいいから」
彼はそう言って、薄い布団を床に敷いた。
9月の夜。
床は決して暖かくなかった。
「あなたがベッドで寝て」
そう言っても、彼は首を振った。
「大丈夫」
いつもそうだった。
必要以上に話さない。
でも、行動はいつも優しかった。
婚姻届を出す前の日。
彼は私に400円のうどんをご馳走してくれた。
そして、自分のお肉を全部私の器に移した。
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