まさ子は、夫・武と結婚して30年。
毎朝早く起きて食事を作り、家事をこなし、子どもを育て、86歳になる義母の世話まで続けてきた。
ところが夫は、そんな生活を当然のものとして扱っていた。
やがて夫は家へ帰らない日が増え、まさ子は友人から、若い女性と親しげに歩く夫の写真を送られる。
そして61歳の誕生日。
家族が食卓を囲む中、夫は突然離婚届を差し出した。
「もう愛情はない」
「今すぐ判を押して出ていけ」
さらに玄関から、写真で見た不倫相手・さゆりまで入ってきた。
「これからこの家の奥様になる者です」
30年間守ってきた家の中を、さゆりはすでに自分の家のように見回していた。
まさ子が抵抗すると、夫は言った。
「嫁なら家のことをするのは当たり前だろ」
そこで、まさ子はようやく決めた。
「分かりました。離婚します」
離婚届に判を押し、30年分の荷物をまとめた。
持ち出せたのは、スーツケース1つだけだった。
玄関へ向かうと、義母が部屋から出てきた。
認知症と診断され、普段は「お腹が空いた」と繰り返していた義母だった。
その手には、古い風呂敷包みがあった。
「これを持って出ていきなさい」
「ゴミだから、外で捨てるんだよ」
しかし別れ際、義母は突然はっきりした声で言った。
「幸せになるんだよ」
まさ子は義母を抱きしめ、家を出た。
行く場所も決まらないまま歩き、公園のベンチへ座った時、義母の風呂敷が目に入った。
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