イラン人の妻ファティマと結婚して八年。
佐藤健二は、その八年間を一度も後悔したことがなかった。
彼女は美しく、慎ましく、祈るように毎日を生きる女性だった。サフランの香る料理を作り、健二の両親にも深く尽くした。最初は結婚に反対していた父と母でさえ、いつしか「こんな嫁は日本人でもなかなかいない」と目を細めるようになった。
ただ一つだけ、健二には触れられない秘密があった。
ファティマは一度も母国へ帰ろうとしなかった。家族写真に写る彼女の顔だけが、黒いペンで塗りつぶされていたこともある。毎月イランへ多額の送金を続けていたことも知っていた。
それでも健二は何も聞かなかった。
愛していたからだ。
二〇一二年の春、ファティマは一通の手紙を握りしめ、青ざめた顔で言った。
「ケンジさん、私、故郷に帰りたいの」
初めての願いだった。
「一緒に行こう」と言う健二に、彼女は首を振った。
「一人で帰らなければならないの。長くなるかもしれない」
そして彼女は、四百万円が必要だと告げた。
家のローンもあり、貯金も多くはなかった。だが健二は車を売り、借り入れまでして金を用意した。疑問はあった。
それでも、泣きながら「私たちの将来のため」と言う妻を、疑うことはできなかった。
空港で、ファティマは健二を強く抱きしめた。
「待っていて。必ず待っていてね」
「待ってる。どんなに長くかかっても」
彼女は最後に振り返り、震える声で言った。
「もし私が帰ってこなくても、私を責めないで」
それが、健二が聞いた最後の声だった。
最初の一か月は短いメッセージが届いた。
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引用元:https://www.youtube.com/watch?v=QbpGtUM1PW8,記事の削除・修正依頼などのご相談は、下記のメールアドレスまでお気軽にお問い合わせください。[email protected]