里帰り出産を終えて家に戻ると、リビングには見慣れない派手なクッションが置かれ、夫の妹・美保がくつろいでいた。隣に座る義母は勝ち誇ったように、「ここは美保たちの新居になるのよ」と笑った。玄関には見知らぬ荷物が積まれ、私の靴は隅に片づけられている。このマンションは、亡き父が私名義で残してくれた5800万円の家だ。頭金もローンも、夫の剣一は1円も出していない。
腕の中で眠る娘の寝息だけが、やけに大きく聞こえた。それでも剣一は「俺のものは俺のものだろう」と言い放ち、生後1か月の娘を抱いた私を追い出そうとした。
思えば出産前から、剣一の様子はおかしかった。夜中に引き出しを漁り、通帳や実印の場所をしきりに気にしていた。私は胸騒ぎを覚え、本物の権利書と実印を先に銀行の貸金庫へ移し、寝室には偽物の印鑑だけを残しておいた。案の定、剣一の荷物からは私の名前が勝手に書かれた贈与契約書のコピーが出てきた。署名の日付は、私が陣痛に耐えながら娘を産んだ、まさにその日だった。
さらに調べると、剣一には420万円の借金があり、美保の婚約者・浩司はその借金先である保証会社の経営者だと分かった。
5800万円の資産と420万円の借金では、あまりに釣り合わない話だった。しかも浩司にはすでに妻と2人の子どもがいた。狙いは美保との結婚ではなく、私のマンションそのものだったのだ。剣一は無断で鍵を交換し、浩司の家族が住み着き始めた。
私は弁護士の高橋さんに相談し、証拠を一つずつ集めた。食事会の当日、私はテーブルに一枚の写真を置いた。
浩司の妻子が、私のマンションの前に立つ写真だった。義母と美保の顔色が変わり、浩司はしどろもどろになって言い訳を重ねた。剣一はその場で頭を抱え、自分がすべて利用されていたことをようやく理解した。
剣一の叔父も駆けつけ、彼を親族の縁から切り離すと告げた。浩司の会社は後日、警察の捜査を受けて立ち行かなくなり、彼の家庭も崩れ去った。
剣一とは離婚が成立し、養育費と慰謝料を請求した。義母は近所の目を気にして表を歩けなくなり、美保の結婚話も立ち消えになった。片づけた荷物の中から、亡き父が入院中にひそかに書いた手紙が見つかった。「お前が自由に生きるための場所だ」と綴られ、手紙には、世間体や誰かのために自分を犠牲にする必要はない、という父の言葉が続いていた。「ゆみ」とだけ記されたその手紙を、私は何度も読み返した。娘とともに、この家でこれからの日々を歩んでいく。