初めての一人旅だった。
14歳の私は、母が予約してくれたファーストクラスの2A席に座り、ロンドンからパリへ向かうはずだった。
ところが出発前、客室乗務員のジャネットが私の前で腕を組んだ。
「席を間違えています」
私は搭乗券を見せた。
そこには間違いなく2Aと記されていた。
それでも彼女は信じなかった。
「偽造する人もいるのよ」
さらにプラチナ会員カードまで偽物扱いされた。
私の後ろには、同じ席を欲しがっていたアメリカ人男性が立っていた。
彼は苛立ったように、
「僕にはパリで重要な仕事がある。早く席を空けてくれ」
と言った。
別の客室乗務員が「搭乗券は本物です」と伝えても、ジャネットは聞かなかった。
私は監督者を呼んでほしいとお願いした。
だが今度は、
「従わないならセキュリティを呼んで降ろします」
と言われた。
その頃、近くの乗客がスマートフォンで一部始終を撮影していた。
やがて地上スタッフまで機内へ入り、私の搭乗券と会員資格が有効だと確認した。
それでも私は席を譲るよう求められた。
アメリカ人男性は2Aへ座り、私は機外へ降ろされる直前まで追い込まれた。
母から教えられていた言葉を思い出した。
怒鳴らないこと。
相手と同じやり方で戦わないこと。
自分の尊厳だけは手放さないこと。
私は静かにリュックを開けた。
「降りる前に、1本だけ連絡していただけますか?」
差し出したのは、母の名刺だった。
母・田中愛子は投資会社の代表だった。
そして資料には、その会社が航空会社へ大規模な投資を行い、株式の一部を保有していることが記されていた。
地区責任者の顔色が変わった。
私は続けた。
母はちょうど、航空会社の顧客対応や差別防止について話し合っていた。
そして今回の便で私がどう扱われるかも、その問題を考える材料になっていた。
さっきまで強気だった乗務員たちが黙った。
私は誰かをその場で怒鳴りつけることもしなかった。
ただ、
「謝罪だけでは、同じことがまた起きます」
と伝えた。
その後、会社側は今回の対応について調査に入り、問題となった乗務員への処分と、顧客対応を見直す方針を決めた。
私が欲しかったのは、特別扱いではなかった。
母が誰であっても、私は最初から正しい搭乗券を持った1人の乗客だった。
もし私の母に力がなかったら。
もし誰も撮影していなかったら。
同じことをされた別の14歳の子は、黙って後ろへ移動させられていたかもしれない。
だから私は、最後まで母の言葉を忘れないようにした。
人の価値を決めるのは、年齢でも、国籍でも、服装でもない。
ましてや、その人の母親の肩書きでもないのだ。