母の四十九日を終えても、私は実家をどうするか決められずにいた。
築55年。
父が植えた梅と柿の木。
母の花壇。
家族で過ごした縁側。
私にとって、そこは単なる古い家ではなかった。
ようやく遺品整理を始めようと業者を予約し、実家へ向かった日のことだった。
曲がり角を曲がった瞬間、足が止まった。
家がない。
庭も、花壇も、縁側もない。
広い更地だけが残っていた。
近所の鈴木さんから「1週間ほど前に解体業者が来た」と聞き、業者へ連絡すると、依頼したのは息子だと分かった。
さらに家の中の物も「全部処分して構わない」と伝えていた。
夜になって息子へ電話した。
「あなたが家を壊したの?」
「ああ。母さん迷ってただろ。使えるようにしてやったんだから感謝してほしいくらいだよ」
父のカメラは売った。
母の着物は捨てた。
何十冊もあった写真アルバムも処分したという。
そして息子は言った。
「俺たち、あそこに二世帯住宅を建てるんだ」
住むのは息子夫婦と、嫁の両親だった。
すでに設計も住宅ローンも工務店との契約も済み、工事まで始まっているという。
私は息子に中止を求めた。
だが返ってきたのは、
「もう決まったことだし、みんな喜んでるんだから」
という言葉だった。
その瞬間、悲しみより怒りが勝った。
「私はあなたたちを許さない」
数日後、私はもう一度だけ息子へ電話した。
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