結婚して30年、車椅子の義父・正一を10年間介護してきたのは私だった。過労で倒れ退院した翌日、夫は寝室のドアを乱暴に開け、こう言い放った。「病気のふりはもういい。家のこともできない怠け者なら、離婚だ。」私は怒鳴らなかった。ただ静かに夫を見つめ、「本当に離婚するのね。ありがとう」と答えた。夫は戸惑った顔をしたが、すぐに鼻で笑い、部屋を出て行った。
私はその夜、荷物をまとめて家を出た。テーブルには、10年分の介護記録をびっしり書き込んだ青いファイルを残して。
夫は「家出の真似事だ、すぐ戻ってくる」と高をくくり、ファイルを開こうともしなかった。だが現実はすぐに崩れた。デイサービスの送迎に間に合わず、とろみのつけ方も知らないまま義父にお茶を飲ませて激しくむせさせ、おむつの場所すら分からず家中を引っかき回した。義父の体を支えようとして腰を痛め、洗濯物は生乾きの臭いを放ち、会社も休まざるを得なくなった。家の中はわずか3日でゴミ屋敷のようになり、駆けつけたケアマネージャーの林さんからは、これまでの介護の負担がいかに私1人にのしかかっていたかを淡々と告げられた。
その頃、実家の洗面所で夫は1冊の赤い手帳を見つけた。それは私が誰にも見せずにつけていた日記だった。半年前から続いていた頭痛や目まい、そして「心配させたくないから元気なふりをした」という記述。夫の知らないところで、私は自分の体を削りながら、夫の顔色まで気遣っていたのだ。手帳を読んだ夫は、その場に座り込み、声を殺して泣いたという。
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