「女なのに、そのヒゲはさすがに無理でしょ」
昼休みの休憩室で、同僚の女性が大声で笑った。
周囲にいた数人も、私の口元を見て気まずそうに目をそらした。
私は昔から、あご周りの毛が濃い。
毎朝カミソリで剃り、外出前には目立つ部分を抜いている。
それでも忙しい日が続くと、夕方には黒く見えることがあった。
恥ずかしくないと言えば嘘になる。
学生時代には「おじさん」と呼ばれた。
美容室では、頼んでもいないのに脱毛を勧められた。
だから私は、誰にも気づかれないように必死で隠してきた。
ところが、その同僚は私が席を外した隙に、スマホで横顔を撮っていた。
数時間後。
社内のグループチャットに、私の写真が投稿された。
《今日の部長、ヒゲ育成中》
そんな一文まで添えられていた。
笑う絵文字は17個。
「冗談じゃん」
「気にしすぎ」
本人は悪びれる様子もなかった。
私はその場では何も言わなかった。
投稿画面を保存した。
写真が送られた時刻。
同調した人の名前。
以前にも容姿をからかわれた会話。
すべてスクリーンショットに残した。
翌日、私は有給を取り、皮膚科を受診した。
医師からは、女性でも体質や年齢、ホルモンの変化などで顔の毛が濃くなることはあり、必要なら検査や治療について相談できると説明された。
「あなたが悪いわけではありません」
その一言を聞いた瞬間、私は初めて肩の力が抜けた。
私は診療明細と医師の説明書を持って、人事部へ向かった。
担当者は最初、
「女性同士の軽い冗談では?」
と片づけようとした。
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