1994年秋、紅葉狩りへ向かっていた木村一家は、足柄サービスエリアに立ち寄った。
父・哲夫は給油へ。
母・恵美は十歳の長男・真一と、五歳の次男・翔太の手を引き、「うどんを食べてくるね」と売店の方へ歩いていった。
それが、三人の最後の姿になった。
十分、二十分、三十分。
どれだけ待っても妻と子供たちは戻らない。
哲夫はサービスエリア中を走り回り、喉が裂けるほど叫んだ。
「恵美! 真一! 翔太!」
館内放送でも名前が呼ばれた。警察も駆けつけ、駐車場、トイレ、売店、バス乗り場まで捜索された。
しかし母子三人は、まるで煙のように消えていた。
当時、足柄サービスエリアに防犯カメラはなかった。
目撃証言は曖昧で、黒い車を見たという人もいれば、白い車だったという人もいた。子供は二人だった、一人だった、女性は泣いていた――どれも確証にはならなかった。
事件は「足柄SA母子三人蒸発事件」と呼ばれ、未解決のまま時だけが流れた。
残された哲夫は、毎年テレビに出演した。
白髪が増えても、声がかすれても、彼は涙ながらに訴え続けた。
「子供たちを返してください。私は今でも待っています」
世間はその姿を、家族を失った悲劇の父として見ていた。
だが十四年後、すべてがひっくり返る。
2008年、沼津市郊外の廃屋解体現場で、地中から古い黒いカバンが見つかった。
中には、木村恵美名義の身分証明書、古い女性用の財布、そして小さな子供の靴が片方だけ入っていた。
その靴は、失踪当日に翔太が履いていた新品の運動靴と同じものだった。
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引用元:https://www.youtube.com/watch?v=_XwECuIrBfw&t=53s,記事の削除・修正依頼などのご相談は、下記のメールアドレスまでお気軽にお問い合わせください。[email protected]