実家の片付けをしていて、押し入れの奥に古い菓子箱を見つけた。開けてみると、宛名のない手紙が輪ゴムで束ねて入っていた。数えると、四十通近くあった。
封筒の表には、差出人の名前も、宛先も書かれていなかった。けれど父の字だということは、すぐに分かった。几帳面な、少し右肩上がりのくせ字だった。
一通ずつ日付を確認していくと、一番古いものは母が亡くなった年のものだった。
一番新しいものは、つい先月の日付だった。父はこの十数年、誰にも言わずに手紙を書き続けていたことになる。
切手は貼られておらず、投函された形跡もなかった。つまり、最初から誰にも読ませるつもりのない手紙だった。それでも捨てずに、ずっと取ってあった。
迷ったが、私は一番古い一通だけを開いてみることにした。
そこに書かれていたのは、特別な出来事の報告ではなかった。「今日は庭の紫陽花が咲いた」「お前が好きだった煮物を、うまく作れなかった」。そんな、ごく普通の日々の出来事が、丁寧な字で綴られていた。
数通読み進めるうちに、それが母への一種の日記のようなものだと分かってきた。母が亡くなったあとも、父は何か報告したいことがあるたびに、こうして手紙を書いていたらしい。
誰かに見せるためではなく、自分の気持ちを整理するためだけに。
すべてを読むことはしなかった。読んでいいものなのか、最後まで迷いが残ったからだ。結局、箱ごとそのまま元の場所に戻し、次に実家に来たとき、父に少しだけ聞いてみようと思った。
父がどんな顔でその話をするのか、まだ私には分からない。