夫を亡くして3年。
68歳の私は、年金と夫が残してくれたわずかな貯金で1人暮らしをしていました。
スーパーでは見切り品を選び、冬は暖房代を抑える。そんな私の唯一の楽しみが、月に1度、40歳の息子・高一一家と会うことでした。
7歳の孫カイトが「バーバ!」と抱きついてくれる。それだけで、静かな家に戻る寂しさを忘れられました。
だから食事代も遊び代も、私が払いました。
最初は息子夫婦も「ありがとう」と言っていました。
でも少しずつ、それが当たり前になりました。
回転寿司では値段を気にせず高い皿ばかり注文する。
孫の入学祝いでは「ランドセルは私の両親が買うので現金で」と言われ、10万円を渡しました。
ところが後日、息子のSNSには新しいゴルフクラブの写真。
「臨時収入に感謝」
胸に引っかかるものがあっても、私は黙りました。
嫌われたら、もう会いに来てもらえない。
そんな恐怖の方が大きかったのです。
そしてカイト7歳の誕生日。
町の高級焼肉店で、息子夫婦は最高級の肉や酒を次々注文しました。
私は水だけを飲み、黙って肉を焼いていました。
その時、孫が落としたフォークを拾おうとテーブルの下へかがみました。
頭上から声が聞こえます。
「バーバにお礼言わなくていいの?」
続いて嫁が笑いました。
「バーバは魔法のカードなの。美味しいって言ってれば、ずっと使えるから」
息子も止めませんでした。
むしろ一緒に笑いました。
その瞬間、初めて分かりました。
私は母でも祖母でもなく、お金を出すための存在になっていたのです。
会計は12万8000円。
息子が言いました。
「母さん、早く払ってよ」
私はバッグを閉じました。
「今日は払わないわ」
そのまま席を立ち、店を出ました。
翌日、息子から残されていたメッセージにも、私を心配する言葉はありませんでした。
「次の車検代、母さんが出す約束だっただろ」
そこで未練が消えました。
しばらくして私は、旅行会社で豪華客船のパンフレットを手にしました。
夫といつか船旅をしようと話していたことを思い出したのです。
私は初めて、息子へ渡すためではなく、自分のためにお金を使うことを決めました。
出発前、息子夫婦は、
「そんな金があるなら俺たちを援助してくれ」
と家まで来ました。
私は静かに答えました。
「魔法のカードは、有効期限が切れたの」
家も将来の自分のために使う。
もうお金で家族をつなぎ止めない。
焼肉店に置いてきたのは、息子夫婦ではありません。
嫌われることを恐れて、自分を犠牲にし続けていた私自身だったのです。