矢島は四十八歳。中堅ゼネコンの営業部で、長年地道に実績を積み上げてきた男だった。現場監督から営業に回されて二十年近く、昨年度の受注額は部内トップ。数字だけ見れば、誰もが認めるエースである。
だが、矢島には一つだけ譲れない信条があった。
それは「書類より現場を見る」ということだ。
十三年前、担当物件で引き渡し後に外壁タイルが剥落したことがあった。幸い人身事故にはならなかったが、落ちたタイルの裏を見て、矢島は背筋が冷えた。モルタルは指で押しただけで粉になった。書類は完璧。だが現場は違った。書類さえ整えば、手抜き工事は表に出ない――その現実を、矢島はその時思い知らされたのだ。
以来、彼は業者選定の際、必ず実物を見に行くようになった。コンクリートを叩き、タイル壁に触れ、仕上がりの癖や雑さを自分の目で確かめる。その慎重さが、後に大きな案件を救うことになる。
五年前、大手デベロッパーの案件で、矢島はある施工業者に違和感を覚えた。書類上は問題ない。だが別の現場を確認すると、壁面の波打ち、タイルの浮き、叩いた時の軽い音――どれも書面には出ない“甘さ”が見えた。
矢島はその場で「この業者は使えない」と判断し、写真と所見を持って取引先の開発担当役員・三上に説明した。結果、着工前に業者は差し替えられた。
それから数年後、その外した業者が別案件で施工不良を起こし、莫大な手直し費用が発生した。三上は矢島の判断を完全に信用し、以後、矢島が窓口を務める現場では、彼の目を前提に話を進めるようになった。
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引用元:https://www.youtube.com/watch?v=uZEdA8xF_mQ,記事の削除・修正依頼などのご相談は、下記のメールアドレスまでお気軽にお問い合わせください。[email protected]