「ごめんね。お母さん、本当はちょっと不安なの」
65歳のかよ子さんが娘にそう送ったのは、里帰りを断るためではありませんでした。むしろ逆です。助けたいからこそ、自分にできることと、もう無理をしてはいけないことを初めて伝えようとしたのです。
娘は2人目を妊娠し、5か月目。出産前後は4歳の長女を連れて実家に戻りたいと言っていました。
夫を亡くして数年、1人暮らしに慣れたかよ子さんにとって、娘と孫が数か月滞在することは生活そのものが変わる話でした。
孫はかわいい。娘の力にもなりたい。
けれど、以前のように体は動きません。買い物袋を持って歩けば腕が痛み、掃除をすれば翌日まで疲れが残る。年金生活では、3人分の食事や光熱費、孫のおやつなども気になりました。
そんな中、娘から「おむつやお尻拭きはそっちで買っておいてもらえると助かる」と電話で頼まれます。
かよ子さんは「それぐらい、こっちで準備するから」と答えました。
すると娘は少し硬い声で、「それぐらいって、どういう意味?」。
ほんの一言でした。それでもかよ子さんは気づきます。
自分はすでに、笑って何でも引き受けられる状態ではなかったのです。
同年代の友人に相談すると、去年娘を2か月受け入れて「体がボロボロだった」と聞かされました。そして友人はこう言います。
「頼られるのは嬉しい。でも本当はちょっと休みたいのよね」
その言葉で、かよ子さんはようやく「こんなことを思うのは自分だけではない」と感じました。
その夜、娘へのメッセージを書きます。
体力に自信がなくなっていること。助けたい気持ちはあること。でも、できることとできないことがあること。
送信した翌朝、娘から返事が届きました。
「本音で言ってくれて嬉しかった」
娘もまた、2人目の出産を前に不安を抱え、無意識に母へ甘えていたと打ち明けたのです。そして「無理そうだったら無理って言ってね」と伝えてくれました。
里帰りそのものがなくなったわけではありません。忙しい日々もこれから始まります。
変わったのは、母親だから何でも引き受けなければならない、という関係でした。
助けたい気持ちと、自分を守りたい気持ちは両立していい。
かよ子さんが娘に見せたのは「完璧な母親」ではなく、65歳の1人の人間としての限界でした。その本音を言葉にしたことで、2人はようやく、頼りすぎず、我慢しすぎない距離で向き合えるようになったのです。