夫の浮気相手が突然我が家に乗り込んできた日のことを、私は今でもはっきり覚えている。
玄関を開けると、そこに立っていたのは見知らぬ女性だった。
「彼と結婚するので、離婚届を出してください」
その言葉はあまりにも一方的だった。
後ろから慌てて現れた夫は、視線を逸らしながら言った。
「……もう決めたんだ。離婚してくれ」
私はその場で抵抗することもなく、淡々と離婚届にサインした。
泣き叫ぶことも、縋ることもなかった。
ただ静かに、すべてを終わらせた。
それから6年。
私は自分の生活を立て直し、仕事にも慣れ、ようやく落ち着いた日々を送っていた。
元夫のことは、もう思い出すこともほとんどない。
そんなある日、駅前で偶然その姿を見つけた。
「……久しぶり」
向こうから声をかけてきた。
少し老けた顔、以前よりもくたびれた服装。
かつての余裕はどこにもなかった。
私は一瞬迷ったが、普通に返した。
「久しぶりですね」
それだけだった。
未練はない。怒りもない。
ただ“過去の人”というだけだった。
すると元夫は安心したのか、急に饒舌になった。
「いやさ、あれからいろいろあってさ……」
私は軽く相槌を打ちながら聞いていた。
彼は止まらない。
「あの時の彼女と結婚したんだけどさ、まあ最初は良かったんだけど今は大変でさ」
「家計もきついし、育児も全部俺でさ」
「正直さ、あの時お前と別れなきゃよかったかもな」
その言葉で、私は一瞬だけ目を細めた。
しかし感情は動かなかった。
彼の中では、過去は“修正できる失敗”として残っているらしい。
私は静かに言った。
「それ、今言ってどうするんですか?」
元夫は苦笑いした。
「いや、ただの世間話だよ」
しかし話は止まらない。
「でもさ、あの頃のお前も結構きつかったしさ」
その瞬間、私は完全に理解した。
この男は何も変わっていない。
自分の選択の結果を受け止めるのではなく、
ただ誰かに責任を分散させたいだけなのだ。
私は軽く息を吐いた。
「私はもう関係ないので」
その一言に、元夫は一瞬黙った。
だがすぐにまた話し始めようとする。
私はそれ以上聞く気はなかった。
「失礼します」
そう言って、その場を離れた。
背後でまだ何か話していたが、もう耳には入らなかった。
振り返ることもなかった。
6年前に終わった関係は、今も変わらず“終わったまま”だった。
そしてそれで十分だった。
引用元:https://www.youtube.com/watch?v=SLHm7jYaPFY,記事の削除・修正依頼などのご相談は、下記のメールアドレスまでお気軽にお問い合わせください。[email protected]