私は七十九歳になります。
息子夫婦と同じ家で暮らして、もう四十年が過ぎました。
長い年月の中で、家族のために生きてきたと言っても過言ではありません。特に、私にとって何より大切な存在だったのが、孫の大気でした。
大気が生まれた頃、息子夫婦は共働きで、毎日仕事に追われていました。朝早く家を出て、帰宅する頃には小さな大気は眠っていることも多い生活でした。
そんな中で、自然と私は大気の世話をするようになりました。
毎朝、お弁当を作りました。
好き嫌いが多かった頃には、どうすれば食べてくれるのか考えながら、卵焼きの味付けを何度も変えました。
学校から帰ってきた時、寂しそうな顔をしていれば話を聞きました。
熱を出した夜には、冷たいタオルを何度も取り替えながら、朝までそばにいました。
転んで泣いた日も、初めて制服を着た日も、運動会で一生懸命走った日も、私の記憶には鮮明に残っています。
十八年間、私は大気の成長を見守ってきました。
祖母というより、母親のような気持ちで育ててきたのです。
やがて大気は成長し、就職を機に東京へ行くことになりました。
家を出る日の朝、私は笑顔で送り出しましたが、玄関の扉が閉まった瞬間、胸の奥に大きな穴が開いたような気持ちになりました。
それでも、「立派になってくれれば、それで十分」と自分に言い聞かせていました。
そんなある春の日、息子から嬉しい知らせを聞きました。
「大気が結婚することになったよ」
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引用元:https://www.youtube.com/shorts/yeLM6j-G85c,記事の削除・修正依頼などのご相談は、下記のメールアドレスまでお気軽にお問い合わせください。[email protected]