海外取引先との重要商談の日、黒岩課長は派遣社員の私を会議室の前に立たせて笑った。
「瀬川さん、英語が少しできるんだろ。今日のプレゼンは君がやってみろ」
本来は課長自身が説明し、正社員の白石さんが英語で補助する予定だった。
それなのに取引先到着の15分前、課長は突然私を前に出した。
「派遣のくせに責任範囲なんて言葉を使うな」
黒岩課長はそう言い、白石さんも「失敗されたら困りますよね」と笑った。私は何も言い返さなかった。ただ、この人は今日の商談の重さを分かっていないと思った。
3日前、取引先からドイツ語の重要なメールが届いていた。契約更新に関わる条件変更、品質保証期間の延長、納期の保証条件、検査報告書の提出期限。私はその日のうちに全文を翻訳し、要点をまとめて黒岩課長に送った。件名にも本文にも、商談前に方針を決める必要があると書き添えた。
返事はなかった。翌日声をかけても「派遣が口を出すことじゃない」とだけ返された。それでも資料は共有フォルダーに残し、メールの履歴も残しておいた。
取引先のクラウス・シュナイダー氏が到着すると、黒岩課長は片言の英語で挨拶した。シュナイダー氏の表情は硬かった。席に着くなり、彼は低いドイツ語で切り出した。
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