「お部屋のご用意が、ございません」
フロントの担当者は、申し訳なさそうにそう言った。
家族旅行で、三か月前から予約していたホテルだった。小学生の子ども二人を連れて、車で四時間かけてたどり着いたばかりだった。夏休みに合わせて、家族で楽しみに計画していた旅行だった。
「予約番号はこちらです」
私はスマートフォンの予約確認メールを見せた。
宿泊日、部屋タイプ、人数、すべて間違いなく記載されていた。
「確認いたしましたが、システムの都合で満室になってしまいまして」
担当者はそう繰り返すだけだった。理由を聞いても、はっきりとした説明はなかった。
子どもたちは長旅で疲れて、ロビーのソファに座り込んでいた。下の子は、今にも泣き出しそうな顔をしていた。夫は黙って、私の顔を見た。
怒鳴りたい気持ちを抑えて、私は静かに聞いた。
「では、今夜どうなるんでしょうか」
担当者は少し間を置いてから、一枚の紙を差し出した。
そこには、近くの系列ホテルへの案内と、宿泊料金に関する提案が書かれていた。予約していた部屋よりワンランク上のタイプに、無料でアップグレードするという内容だった。
移動のためのタクシー代も、ホテル側が負担するという。子どもたちの夕食代も別途用意すると添えられていた。
「本来のお部屋をご用意できなかったことへのお詫びです」
正直、それで完全に納得できたわけではない。三か月前から楽しみにしていた旅行を、当日になって別の場所に振り替えられるのは、やはり気持ちのいいものではなかった。予約したホテルの部屋からは、海が見える景色を楽しみにしていたのだ。
それでも、子どもたちを連れて別のホテルを探し回る体力は、私たちには残っていなかった。
「分かりました。お願いします」
移動先のホテルは、案内された通り、確かに元の予約より広い部屋だった。夕食のビュッフェも、追加料金なしで用意されていた。
子どもたちは意外にも、新しい部屋のベッドを見てはしゃいでいた。夫も、少しずつ表情が緩んでいった。
翌朝、チェックアウトの際に、最初のホテルから謝罪のメールが届いていた。予約システムの不具合で、同じ部屋を二重に受け付けてしまったこと、次回利用時のクーポンを送ることが書かれていた。
すべてが望んだ通りになったわけではない。それでも、フロントの対応と誠実な謝罪があったおかげで、旅行そのものを嫌な思い出にせずに済んだ。
子どもたちは、移動先のホテルのことを「こっちの方が良かったね」と話しながら眠りについた。その様子を見て、少しだけ気持ちが軽くなった。
トラブルがあったこと自体は忘れないけれど、その後の対応次第で印象は大きく変わるのだと、この旅行で実感した。