「迎えに来たよ。早く乗って」
仕事帰り、駅前の工事現場の脇で立ち尽くしていた私に、そう声をかけたのは――あのお見合い相手、田中健一さんだった。
蛍光色のベスト姿ではなく、上質なスーツに身を包み、高級外車の横に立っている。
一瞬、誰だか分からなかった。
「え……健一さん?」
「うん。ちょっと話せるかな」
普段の質素な印象とはまるで違う。
車は誰が見ても分かる外国製の高級車。工事現場の交通誘導員という肩書きからは想像もつかない光景だった。
私は戸惑いながら助手席に乗り込んだ。
車内は静かで、革張りのシートの香りが広がる。
「驚かせてごめん。でも、ちゃんと話しておきたかったんだ」
健一さんは穏やかにそう言った。
「僕、確かに交通誘導の仕事をしてる。でもそれは“研修”みたいなものなんだ」
「研修……?」
「実は、駅前の再開発を担当している会社の代表取締役なんだ。現場を知らない経営者にはなりたくなくて、自分で交通誘導から全部経験してる」
頭が追いつかなかった。
「代表取締役……?」
彼は苦笑した。
「親の会社を継いだ二代目だけどね。
だから、実家暮らしっていうのも間違いじゃない。両親と同じ敷地内に住んでるから」
あまりのギャップに言葉を失う。
「年収三百万円っていうのは?」
「交通誘導員としての給料だけを言った。嘘はついてない」
つまり、両親が聞いた“条件”は、彼の一部分だけだったのだ。
「どうして……本当のことを言わなかったんですか?」
「あなたの両親の態度を見て、なんとなく察したんだ。
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引用元:https://www.youtube.com/watch?v=bbp_9J1ODY0,記事の削除・修正依頼などのご相談は、下記のメールアドレスまでお気軽にお問い合わせください。[email protected]