「どうして私じゃなくて、あの子なのよ――?」
江戸でも指折りの塩問屋・沖野屋の嫁に選ばれたのは、美人と評判の長女でも次女でもなく、誰もが“地味で不器用”と笑っていた末娘・おちよだった。華やかに着飾った姉たちの陰で、小走りに後をついていくその姿を見て、周囲はひそひそと囁いた。「あの子が嫁に?信じられない」と。
だが、その選択には、誰も気づかなかった“理由”があった。
――すべての始まりは、文政の夏のある日だった。
照りつける日差しの中、沖野屋の主人・貨兵は、息子の嫁探しのため郊外の桐谷へ向かっていた。しかし道中、疲労と暑さで突然倒れてしまう。石畳に崩れ落ち、意識も朦朧とする中、通りかかったのが三姉妹だった。
「大丈夫ですか?」
長女と次女は戸惑い、顔を見合わせるだけだった。「着物が汚れる」「どうやって運ぶの」と、その場から動けない。一方で、迷いなく膝をついたのが末娘・おちよだった。
「このままでは危ないです。すぐに家へ――」
小柄な体で老人の腕を肩に回し、必死に支えながら運び出す。着物の裾が地面に擦れても気にしない。その姿には、打算もためらいもなかった。
家に運び込むと、彼女は手際よく介抱を始めた。帯を緩め、足をさすり、冷たい手ぬぐいで額を冷やす。生姜をすりおろして口に含ませるその一つ一つの所作に、迷いはなかった。
しばらくして意識を取り戻した貨兵は、その様子をじっと見つめていた。
「……この娘か」
それは、長年商いで人を見てきた男の、確信だった。
後日、正式に縁談が届く。だがその相手は、美人と名高い長女でも次女でもなく――「三女・おちよを望む」と書かれていた。
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引用元:https://www.youtube.com/watch?v=PbvRbwEukdg,記事の削除・修正依頼などのご相談は、下記のメールアドレスまでお気軽にお問い合わせください。[email protected]