本社異動の辞令を受け取った日、私は思わず封筒を二度見した。
私、福島美月。三十五歳。最終学歴は中卒。けれど、駅前の小さな花屋「花むすび」で十年以上働き、仕入れ、帳簿、売上管理、取引先対応まで任されてきた。花を見る目だけでなく、数字を見る目も、人を見る目も、そこで鍛えられた。
そんな私に声をかけてくれたのが、花屋の大口取引先である紺野商事だった。
経理部の不正な経費処理を見抜いたことがきっかけで、私は本社の管理部へ異動することになったのだ。
初出社の日。部署の前で挨拶をすると、奥の席に座っていた女部長・東堂すみれが、わざとらしく笑った。
「あんたが噂の中卒ね。じゃあまず、部下らしくコーヒー淹れてきて」
周囲が凍りついた。だが私は笑顔で頭を下げた。
「承知しました」
今は泳がせておこう。そう思った。
すみれは東大卒を鼻にかけ、部下を学歴で見下すことで有名だった。特に私には露骨だった。会議資料を渡せば「漢字読める?」、数字の確認を頼まれれば「中卒に帳簿は難しいかしら」と笑う。
けれど私は黙っていた。花屋で覚えた帳簿の基本は、会社の数字にも通じる。
請求書、領収書、接待費、交通費。見ていくうちに、すみれの周囲だけ不自然な経費が膨らんでいることに気づいた。
高級レストラン、ブランド品、ホテル代。しかも名目はすべて「営業接待費」。合計すると五百三十万円を超えていた。
ある日、すみれはまた私に言った。
「中卒さん、この資料まとめておいて。どうせ暇でしょ?」
私は静かに資料を受け取った。
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引用元:https://www.youtube.com/watch?v=SaVMIu_p1_I,記事の削除・修正依頼などのご相談は、下記のメールアドレスまでお気軽にお問い合わせください。[email protected]