夫の実家は、古くからの因習が強く残る土地柄だった。長男を盲信的に重んじる家風の中で、次男として生まれた夫は、兄とは比べものにならないほどの格差の中で育ったという。
救いだったのは、父である義父の存在だ。婿入りという立場ゆえの苦労もあったのだろうか、義父は兄と夫を分け隔てなく愛し、常に夫の味方でいてくれた。私たちが結婚した際も、義父は心から喜んでくれ、兄夫婦ばかりを優遇する義母に対して、常に穏やかな態度で私たちを守ってくれていた。
そんな義父が他界した時、私たちは急ぎ葬儀場へと駆けつけた。しかし、そこで待ち受けていたのは、悲しみではなく義母の狂気だった。
私たちが顔を出すなり、義母は参列者に配るはずの清め塩を掴み、私たちに向かって投げつけた。 「帰れ!お前たちのような恥さらしは、この場に立ち入る資格はない!」
義母が偏屈な人間であることは知っていた。だが、まさか夫の父の葬儀で、実の息子に対してこれほどの暴言を吐くとは。あまりの出来事に言葉を失った。
しかし、夫の反応は冷静だった。彼は私を見つめ、静かに「帰ろう」と告げた。私は義父を見送れなかった無念さと悔しさでいっぱいだったが、夫の瞳には、ただの諦めではない、ある「思惑」が宿っているように感じた。
実は、あの瞬間に救いがあった。塩を投げつけられたその現場のすぐ近くに、義兄が居合わせたのだ。義兄は義母に甘やかされて育ったはずだったが、奇跡的に良識のある人物だった。義兄と視線が交わった瞬間、夫は確信したのだ。義兄が義母の横暴を止め、真実を周囲に伝えるだろうと。
予想は的中した。四十九日が過ぎた頃から、義母から夫の携帯に頻繁に連絡が入るようになった。
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引用元:https://www.youtube.com/watch?v=36qtVU2niXw,記事の削除・修正依頼などのご相談は、下記のメールアドレスまでお気軽にお問い合わせください。[email protected]