「好きにしろ。もう知らん」
夫がそう呟いた瞬間、長年我慢してきた何かが静かに壊れました。
怒鳴ったわけでもありません。
責めたわけでもありません。
ただ、疲れ果てた人間が最後に出した決別の言葉でした。
その日、私たち夫婦は決めました。
息子夫婦への援助を全てやめること。
そして、築き上げた全財産を持って、新しい人生を始めることを。
私は高瀬弘子、66歳です。
大学で薬学を学び、卒業後は約40年間、調剤薬局で働いてきました。
患者さん一人ひとりの体調変化に気を配り、薬を通じて多くの人の生活を支えてきたことは、私の誇りでした。
夫の義雄は69歳。
小さな金属加工工場を経営していました。
従業員は多い時で15人ほど。
決して大企業ではありませんでしたが、誠実な仕事を続け、取引先から厚い信頼を得ていました。
口数は少ないけれど、約束は必ず守る。
そんな不器用で優しい人でした。
私たちには一人息子の拓哉がいます。
拓哉は38歳。
大学卒業後は中堅商社に勤め、29歳で舞さんと結婚しました。
結婚当初の舞さんは、とても明るい女性でした。
「お母さん、いつもありがとうございます」
そう笑顔で言ってくれる姿を見て、私は本当の娘ができたように感じていました。
孫の港が生まれた時も、私たちは大喜びしました。
小さな手を握った瞬間の感動は、今でも忘れられません。
しかし、その幸せは長く続きませんでした。
きっかけは拓哉の会社の業績悪化でした。
給料が下がり、住宅ローンの支払いが苦しくなったと言われたのです。
「親父、少し助けてもらえないかな」
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引用元:https://www.youtube.com/watch?v=8u23-k743GM,記事の削除・修正依頼などのご相談は、下記のメールアドレスまでお気軽にお問い合わせください。[email protected]