お盆の帰省シーズン。
30代のAさんは、実家へ帰るため新幹線に乗った。
混雑することは分かっていたので、指定席は事前に予約していた。
乗車すると予想通り車内は混んでいた。
指定席を取れなかったのか、通路やデッキで立っている人もいる。
その中に、まだ小学校へ上がる前くらいの男の子がいた。
「座りたい」
男の子は大きな声で泣いていた。
母親もなだめていたが、なかなか泣き止まない。
Aさんも、「小さい子だから大変だろうな」とは思った。
それでも、自分はこの日のために席を予約している。
これからビールを飲み、駅弁を食べ、少し眠ろう。
そう思っていた時だった。
突然、その母親がAさんの前へ来た。
「すみません。この子がずっと泣いていて……席を譲っていただけませんか?」
Aさんは驚いた。
優先席でも、自由席でもない。
料金を払って確保した新幹線の指定席だ。
母親はさらに、「おそらく目的地まで泣き続けてしまうと思うので、お願いします」と頭を下げた。
Aさんは困った。
子どもがかわいそうなのは分かる。
けれど、それと自分が席を譲ることは別の問題ではないか。
しかも一度席を渡せば、自分が目的地まで立つことになる。
どう断れば角が立たないだろう。
そう考えて黙っていると、隣に座っていた男性が突然口を開いた。
「お母さん、それはおかしいですよ」
母親が振り向いた。
男性は落ち着いた口調で続けた。
「この方は、事前にお金を払って指定席を取っているんです」
「子どもが泣いているなら、デッキへ移動したり、お菓子を食べさせたり、ほかにもできることはあるでしょう」
「泣いているからといって、関係のない人の指定席を譲ってもらう理由にはなりませんよ」
母親は顔を赤くした。
そして、それ以上言い返すことなく、子どもを連れてデッキの方へ移動していったという。
Aさんは後になって、「私にも子どもがいるので、母親の大変さは分かります」と振り返った。
それでも、「だからといって、自分が料金を払って取った席を譲りたいとは思いませんでした」とも話している。
一番困ったのは、「嫌です」と答えれば、自分が冷たい人間のように見えてしまいそうだったことだ。
お願いする自由はある。
断る自由もある。
しかし相手が断りにくい状況を利用して、「子どものためだから」と当然のように負担を求めれば、それは思いやりとは少し違ってくる。
隣の男性が守ったのは、一つの座席だけではなかった。
Aさんが自分でお金を払い、事前に準備して得た権利を、「断ってもいい」と代わりに言葉にしてくれたのだった。