東京から名古屋へ向かう新幹線。
会社員のAさんは、妻と子どもの3人で始発の東京駅から乗車した。
自由席だったが、早く乗ったため家族3人分の席を確保できた。
品川、新横浜と進むにつれて乗客は増え、車内はほぼ満席になった。
そんな中、Aさんの通路を挟んだ向かい側だけ、不自然に1席空いていた。
窓側には20代前半くらいの女性。
そして隣席には、大きなバッグ。
女性は東京駅からずっとスマホを見続け、途中から乗ってきた人が空席を確認するように視線を送っても、荷物を動かそうとはしなかった。
やがて20代後半くらいの男性が、その席の前で立ち止まった。
「すみません。隣の席、空いてますか?」
女性は無視した。
聞こえなかったのかと思った男性が、もう一度尋ねる。
それでも反応はない。
そこで男性は突然、通路の反対側にいるAさんへ聞いた。
「こちら、さっき誰か座っていましたか?」
Aさんは、「いいえ。東京からずっと誰も座っていません」と答えた。
男性は「ありがとうございます」と一言。
その後、荷物が置かれた席を使おうとした。
そこで初めて女性が、「何するんだよ」と声を上げたという。
男性は、「自由席なのに、荷物で1席ふさいだままにするのはおかしいでしょう」という趣旨を伝え、その席に座った。
それまで何度声をかけられても無視していた女性は、その後は反論せず、Aさん一家が名古屋で降りるまで黙っていたという。
Aさんは後から、「男性が私に話しかけた時はとても丁寧だったので、その後の強い口調には少し驚きました」と振り返っている。
もちろん、他人の荷物を勝手に動かす行為には別のトラブルを招く危険もある。
本来なら、本人にもう一度依頼するか、乗務員へ相談する方が安全だろう。
ただ、この出来事で周囲の人が感じた違和感は単純だった。
混雑した自由席で、自分の荷物のためだけにもう1席を使い続ける。
しかも「空いていますか」と聞かれても答えない。
自由席だからこそ、誰か一人のために確保された席ではない。
混んでいる時ほど、「自分が困らなければいい」ではなく、「次に乗ってくる人も使う場所だ」という意識が必要なのかもしれない。
たった一つのバッグだった。
けれど、そのバッグが置かれた1席に、その人が周囲をどう見ているのかが表れていた。