あの日の私は、妊娠8か月だった。
夫が忙しい時期に入っていたこともあり、私は里帰り出産のため、ひとりで新幹線に乗って実家へ向かうことになった。
大きくなったお腹をかばいながら、指定席の車両に入った私は、自分の席番号を確認して足を止めた。
そこに、見知らぬ若い男性が座っていたからだ。
大学生くらいに見えるその男の子は、イヤホンをつけたままスマホをいじっていた。
私はできるだけ穏やかに声をかけた。
「すみません。そこ、私の席なんですが」
けれど、反応はない。
もう一度声をかけると、ようやく顔を上げたが、返ってきたのは謝罪ではなかった。
「今ゲームしてるんだけど」
その言い方に一瞬言葉を失った私は、それでももう一度伝えた。
「指定席なんです。私が取った席なんですけど」
すると彼は鼻で笑った。
「他にも空いてる席あるじゃん」
「妊婦だからって優遇されると思ってる?」
私は驚いた。
そんなことは一言も言っていない。
ただ、自分で買った席に座りたいと言っただけだった。
「ここ、私の指定席なんです」
そう言っても、彼はまったく動かなかった。
長時間立っていたせいか、緊張したせいか、私は急に気分が悪くなった。
その場にしゃがみ込むと、彼は露骨に嫌そうな顔をした。
「うわ、そうやって弱いふりするんだ」
「吐くなよ、マジで」
悔しいのに、言い返す余裕もなかった。
その時だった。
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