雨が激しく降る山奥で、13歳の少年・優斗は一人取り残されていた。
目の前には、今まで「お母さん」と呼んできた女性の車が遠ざかっていく。
秋本レイ子。
3年前、優斗の家に介護人としてやって来た女性だった。
両親を突然の事故で亡くし、祖父まで倒れた桜井家に現れた彼女は、最初は誰よりも優しい人に見えた。
動けなくなった祖父の世話を昼夜問わず続け、記憶を失ったと言われる優斗にも寄り添う。
周囲の人間は、彼女を「家族を支える立派な女性」だと思っていた。
だが、優斗だけは知っていた。
彼女が見せている姿が、本当の顔ではないことを。
3年前。
優斗の父と母は、車の事故で亡くなった。
警察はブレーキ故障による事故として処理した。
しかし、その後のある夜。
幼い優斗は、偶然聞いてしまった。
祖父の部屋で、レイ子が笑いながら話していた言葉を。
「ブレーキの油に細工するだけでよかったのよ」
両親の死は事故ではなかった。
レイ子によって仕組まれたものだった。
本当なら、すぐに誰かへ伝えるべきだった。
警察へ行くべきだった。
でも10歳の少年には分かっていた。
証拠がなければ、誰も信じてくれない。
そして、次に狙われるのは自分かもしれない。
だから優斗は決めた。
「何も分からない子供になる」
それから3年間。
優斗は記憶を失ったふりをした。
自分の名前も分からないように振る舞い、簡単なこともできない少年を演じた。
周囲からは「かわいそうな子」と見られた。
レイ子も完全に油断した。
自分を疑うことのできない存在だと思っていた。
しかし、優斗には父から受け継いだ小さな秘密があった。
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