結婚式の日、新婦の雪絵さんは両親への手紙を読み始めた。
幼い頃、首の腫れで手術を受けた時、毎日病院へ来てくれた母。
保育園のお迎えが遅くなっても、息を切らしながら駆けつけてくれた母。
そして父は、釣りやさまざまな場所へ連れて行き、野球を始めればいつもキャッチボールの相手をしてくれた。
運動会や発表会では写真を撮り、雪絵さんが美容学校へ進みたいと言った時も、「頑張れ」と背中を押してくれた。
夜、雪絵さんがリビングで勉強していると、父も隣で仕事を始めた。
集中を邪魔されて腹を立てることもあった。
それでも途中で眠ってしまえば、父は黙って布団をかけてくれた。
母が夜勤の日には、父が得意なミートスパゲティを作った。
量が多すぎて食べ切れず、父が残りを食べる。
そんな何でもない日常を、雪絵さんは結婚式でひとつずつ思い返した。
やがて父は病気になった。
病気が見つかった時には、すでに厳しい状態だったという。
入院し、抗がん剤治療が始まった。
父は、「もう一度、家に帰りたい」と望んだ。
母は迷わず仕事を休み、父を支え続けた。
弱っていく姿を最も大切な人に見せなければならない父。
そして、そのすべてを受け止めてそばにいる母。
雪絵さんは、そんな2人を見ながら、「夫婦とは何だろう」と考えるようになった。
父が入院していた頃、雪絵さんには看護師国家試験という大きな壁もあった。
試験当日。
両親から、約30秒の短いビデオが届いた。
そこには、病気で弱り、話すことさえ楽ではなかった父が映っていた。
それでも父は、残っていた力を振り絞るようにカメラへ向かって声を出した。
「頑張れ、雪絵!」
たったそれだけだった。
長い演説でもなかった。
将来について語る言葉でもなかった。
けれど雪絵さんにとって、それは何より大きな励ましになった。
やがて父は亡くなった。
父を失った後、雪絵さんと母は一緒に笑い、一緒に泣きながら日々を越えていった。
そして迎えた結婚式。
雪絵さんは新郎・博明さんと夫婦になった。
会場で手紙を読みながら、父へ呼びかけた。
「お父さん。今日、私は博明さんと結婚しました」
「空から見てくれていますか」
そして母には、父の最期まで寄り添った姿を見て、自分も時間をかけて博明さんとそんな夫婦になりたいと伝えた。
父が残した30秒の動画は、父との最後の思い出のひとつになった。
けれど、その短い一言はそこで終わらなかった。
父から背中を押してもらった娘は、大人になり、新しい家族を作った。
そして今度は、自分が誰かを支える側へ歩き始めた。
「頑張れ、雪絵」
あの日の父の声はもう新しく録音されることはない。
それでも雪絵さんが人生の次の一歩を踏み出すたびに、きっと何度でも心の中で再生され続けるのだろう。