病院の廊下に表示された「501」の数字を見た瞬間、足が止まった。
ここまで来るのに、30年かかった。
病室にいるのは、私の父だった。
けれど、私にとって父は、家族を守ってくれる存在ではなかった。
酒に酔って帰宅しては、母を怒鳴りつけた。
生活費を競馬につぎ込み、私の学費まで勝手に引き出した。
母が止めると、家具を蹴り倒した。
幼い私は押し入れの中で、耳を塞いで朝を待った。
それでも母は、私に言い続けた。
「お父さんを嫌いにならないで」
その母が亡くなったのは、私が23歳の時だった。
遺品を整理していると、古いノートが出てきた。
そこには父から受けた仕打ちが、日付とともに記されていた。
壊された食器。
抜き取られた通帳。
病院の診断書。
警察へ相談した記録。
そして最後のページには、震えた文字でこう書かれていた。
「娘だけは、あの人から自由にしてあげたい」
私はその日、父との縁を切った。
住所を変え、電話番号も変えた。
結婚後も居場所を知らせなかった。
ところが3か月前、病院から連絡が来た。
父が重い病気で入院し、身寄りが私しかいないという。
久しぶりに聞いた父の声は弱々しかった。
「家族なんだから、最後くらい面倒を見ろ」
謝罪はなかった。
母への言葉もなかった。
あるのは、自分を助けろという要求だけだった。
私は弁護士に相談した。
母のノート、診断書、通帳の記録。
父が残した借金の書類まで、全て整理した。
病院にも、金銭的な援助や身元保証はできないと正式に伝えた。
それでも父は、私が最後には許すと思っていたらしい。
病室へ入ると、父は薄く笑った。
「やっぱり来たか。娘なら当然だ」
私は返事をせず、ベッド脇に封筒を置いた。
中身は、母が残した記録のコピーと、弁護士からの通知書だった。
父は1枚目を読んだところで、手を震わせた。
「こんな昔のことを、まだ根に持っているのか」
その言葉を聞いた瞬間、胸の奥に残っていた迷いが消えた。
私は父を許すために来たのではない。
母の代わりに泣くためでもない。
長い悪夢を、今日で終わらせるために来たのだ。
私は病室のドアに手をかけた。
そして最後に振り返った。
以前、いつもの呼び方をするだけで怒られたことがあった。
それでも今日だけは、あえてその名で呼ぶことにした。
「パパ」
父が、安心したようにこちらを見た。
私は静かに笑った。
「地獄へ逝ってらっしゃい」
そう告げて病室を出た瞬間、30年間背負っていた鎖が、音もなく切れた。