「俺から離れたら、お前には何の価値もない」
新宿の法律事務所で、蓮はそう言って笑った。
机の上には離婚協議書が置かれていた。
私はペンを持ったまま、最後の署名欄を見つめていた。
三年間の結婚生活で、私は何度もその目を見てきた。
妻を見る目ではない。
役に立つか、邪魔になるかを値踏みする目だった。
「慰謝料代わりに小金井の家をやる。お前には十分すぎるだろう」
蓮は得意げだった。
けれど私は、その家の登記簿も固定資産税の滞納も、修繕費の見積もりも、すでに確認していた。
あれは贈り物ではない。
彼が処分に困っていた負債だった。
「いりません」
私が静かに答えると、蓮の眉がわずかに動いた。
「強がるな。お前一人で生きていけると思ってるのか」
私は何も言い返さなかった。
彼は知らない。
私が結婚前からデザイン事務所を持っていたことも、母から受け継いだ土地と投資口座を守っていたことも。
そして、北米の会社と五億円規模の契約を進めていたことも。
蓮は、私が家事と義母の通院に追われ、仕事を失ったと思い込んでいた。
私はその誤解を正さなかった。
彼が私を見下している間に、私は彼の赤字会社から自分の資産を静かに切り離していた。
私は離婚協議書に署名し、判を押した。
蓮は満足そうに椅子にもたれた。
「これで桜にも顔が立つ」
伊藤桜。
蓮の会社に出入りしていた若い女性で、彼の愛人だった。
彼女が妊娠していることも、私は知っていた。
ある夜、蓮の上着から産婦人科の診察券が落ちたからだ。
私は問い詰めなかった。
ただ日付と病院名だけを手帳に写した。
法律事務所を出る時、蓮は最後に聞いた。
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引用元:https://www.youtube.com/watch?v=kakMiV9uJUc,記事の削除・修正依頼などのご相談は、下記のメールアドレスまでお気軽にお問い合わせください。[email protected]