「奥さんって、本当に何も知らないから助かるわね」
六月の昼下がり、買い物袋を提げて家に戻った私は、ガレージの前で足を止めた。
声の主は、義兄の嫁である美奈だった。
そして、その声に低く笑って答えたのは、夫の直樹だった。
直樹は会社の急用があると言って家に残り、美奈は体調が悪いから二階で休むと言っていた。
それなのに、二人はガレージの奥、私名義の高級車の後部座席で体を寄せ合っていた。
普通なら、その場で叫んでいたのかもしれない。
けれど私は、声を出さなかった。
買い物袋を握る手に力を込め、ただ静かに扉の隙間を閉じた。
私と直樹は結婚して十八年になる。
子どもには恵まれなかったが、私は夫が立ち上げた小さな建設会社を支え続けてきた。
MN建設。
地域の古い家の改修や商店街の店舗工事を請け負う、地味だが誠実な会社だった。
少なくとも、私はそう信じていた。
会社の資本金を出したのも、取引先への挨拶を整えたのも、経理を見ていたのも私だった。
それなのに直樹はいつの間にか、自分一人の力で社長になったような顔をするようになった。
美奈は義兄・駿の妻だった。
明るく人懐っこく、私を「お義姉さん」と慕ってくる彼女を、私は本当の妹のように可愛がっていた。
家計が苦しいと聞けばお金を貸し、仕事が欲しいと言えば直樹の会社で事務を手伝えるよう口を利いた。
その彼女が、私の夫と笑いながら私を見下していた。
「この車も、いつか私が乗れるんですよね」
美奈の甘えた声が耳に残った。
直樹は笑った。
「いずれな。結衣には会社のことなんて分からない。家の中だけ見ていればいいんだ」
その瞬間、私の中で何かが冷たく固まった。
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引用元:https://www.youtube.com/watch?v=AicPTvcU6Ew,記事の削除・修正依頼などのご相談は、下記のメールアドレスまでお気軽にお問い合わせください。[email protected]