「高卒の派遣が、八年もよく残れたものだな」
東京・丸の内にある東都銀行丸の内支店で、支店長の林がそう言い放った瞬間、ロビーの空気が静かに凍りついた。
言われたのは、窓口補助として働く東条絵里だった。
二十歳で派遣社員として配属されてから八年。
遅刻は一度もなく、顧客からのクレームもない。
朝は誰よりも早く出社し、ロビーの椅子を拭き、筆記用具を整え、お茶の温度まで確認してきた。
だが、林にとって絵里は「ただの派遣」でしかなかった。
「顧客対応は正社員の仕事だ。派遣は言われたことだけやればいい」
絵里は何も言い返さなかった。
それでも彼女は、誰よりも顧客を見ていた。
毎月第二木曜日に来る田中さんは左膝が悪い。
渡辺建設の社長は、融資の相談で不安になると右手で額を押さえる。
八年間、絵里は顧客の小さな変化をノートに記録していた。
来店日、会話の内容、表情、家族の話。
銀行のシステムには残らない、人の温度がそこには詰まっていた。
ある日、渡辺建設の社長が融資相談に訪れた。
担当した若手行員はマニュアル通りに説明したが、社長の表情は硬いままだった。
帰り際、社長は絵里を見つけて小さく言った。
「東条さん、次は君にお願いしたいな」
それを聞いた林は翌朝、絵里を呼びつけた。
「派遣が勝手に顧客と関係を作るな。支店の秩序が乱れる」
その数日後、林は絵里に契約終了を告げた。
「今月末で終わりだ。引き継ぎだけしてくれ」
理由も労いもなかった。
絵里はロッカーを片づけ、後輩の堀に一枚の紙を渡した。
「何かあった時に」
そこには彼女の連絡先だけが書かれていた。
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引用元:https://www.youtube.com/watch?v=0sySPgSLGs0,記事の削除・修正依頼などのご相談は、下記のメールアドレスまでお気軽にお問い合わせください。[email protected]