「お母さん、本当に気持ち悪いよ。その年で男の人に会うなんて、みっともないと思わないのか」
長男の光一が吐き捨てた瞬間、野村道子は湯呑を持つ手を静かに止めた。
七十四歳。
夫を亡くして三年。
世間から見れば、道子は穏やかな未亡人であり、立派な息子を育てた母であり、もう恋やときめきとは無縁の年齢だと思われていた。
だが、光一の前に並べられた写真とレシートが、その家の空気を一変させていた。
道子は月に二度、ホテルのラウンジで四十代の男性と会っていた。
しかも、その時間に数万円を払っていたのである。
「父さんが死んでから、そんな恥さらしなことをするなんて。詐欺に決まってる。明日から通帳も実印も俺が預かる」
光一は銀行支店長として社会的地位を持つ男だったが、その目には母を心配する温かさなどなかった。
あるのは、世間体を汚された怒りと、老いた母を管理すべき存在だと見下す傲慢さだけだった。
同席していた民生委員の武田涼子は、道子の静けさに胸騒ぎを覚えた。
藤色の着物を上品に着こなした道子は、乱れた様子など少しもなかった。
ただ、これまでの野村家にはなかった淡い香水の香りだけが、彼女の中で何かが変わったことを物語っていた。
光一が怒って席を外した後、道子は古い大学ノートを取り出した。
「武田さん、光一の言う通り、私は男性にお金を払って会っています。でも、あの子が想像するような関係ではありません」
道子の声は驚くほど澄んでいた。
「私は五十年間、夫の妻であり、光一の母であり、この家を守る家政婦でした。でも、野村道子という一人の人間として見られたことは、一度もなかったんです」
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引用元:https://www.youtube.com/watch?v=0aZH3GIzZSc,記事の削除・修正依頼などのご相談は、下記のメールアドレスまでお気軽にお問い合わせください。[email protected]