平日の夕方。
仕事を終えた私は、混雑した阪急電車に乗り込んだ。
車内には立っている人が何人もいて、つり革もほとんど埋まっていた。
そんな中、ひときわ目立つ“空席”があった。
正確には、座れるはずの席だった。
一人の女性が座り、その隣には黒いバッグと白い紙袋が堂々と置かれていた。
女性はスマホを触ったまま、周囲を見ようともしない。
その目の前には、杖をついた高齢の男性が立っていた。
電車が揺れるたびに、男性の身体も大きく揺れる。
それでも女性はバッグを動かさなかった。
見かねた私は、できるだけ穏やかに声をかけた。
「すみません。立っている方もいるので、荷物をどけてもらえませんか?」
女性は面倒そうに顔を上げた。
そして、信じられない言葉を口にした。
「私も電車賃を払ってるんですけど?」
一瞬、聞き間違いかと思った。
「運賃を払っているのは、あなた一人分ですよね?」
私がそう返すと、女性はバッグを座席の中央へ押し込み、わざと場所を広く取った。
「私が先に座ったんだから、どう使おうと自由でしょ」
さらに杖をついた男性を見て、鼻で笑った。
「年寄りだからって、必ず座れると思わないでください」
車内の空気が変わった。
男性は困った顔で、
「私は大丈夫ですから……」
と私を止めようとした。
だが女性は、誰も反論しないと分かると、さらに調子に乗った。
「しつこいんですけど」
そう言いながら、今度はスマホのカメラを私に向けた。
「これ以上絡んだら、迷惑客としてネットに載せますよ」
私は言い返さず、自分のスマホで録画を始めた。
その直後、列車が駅に到着した。
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