「給湯器がない……」
2週間ぶりに茨城の別荘を訪れた私は、車を降りたまま動けなくなった。
昨年、故障を機に取り付けたばかりの新品の給湯器が、壁から丸ごと消えていたのだ。
残されていたのは、無残に切断された配管。
犯人が力任せに引っ張ったのか、外壁には金具を引き剝がした跡と、深い傷まで残っていた。
しかも別荘は人通りの少ない山奥ではない。
車が頻繁に通る道路沿いだ。
「こんな場所で、堂々と盗んだのか……」
怒りで手が震えたが、私は何も触らなかった。
まず壁全体を撮影し、切断された配管、地面のタイヤ痕、落ちていた白いテープまで、時刻が残る設定で1枚ずつ記録した。
そして警察へ連絡した。
駆けつけた警察官は現場を見るなり、表情を曇らせた。
「最近、この周辺で同じ被害が続いています」
被害届を書きながら、私は昨年の工事書類を思い出した。
自宅に戻ってファイルを探すと、給湯器の領収書と保証書が見つかった。
そこには、製品ごとに異なる製造番号が記載されていた。
私はすぐに、その番号と購入価格、設置日を警察へ提出した。
さらに翌日、道路を挟んだ向かいの家を訪ねた。
事情を話すと、住人の男性が申し訳なさそうに言った。
「うちの防犯カメラ、道路まで映っているかもしれません」
映像を確認すると、被害に気づく3日前の午前2時17分。
別荘の前に白い軽トラックが停まり、2人の男が給湯器を運び出す姿が残っていた。
車体の側面には、見覚えのある会社名まで映っていた。
その情報が警察へ渡ってから、わずか4日後。
近隣の金属買取店で、私の給湯器と同じ製造番号の部品が発見された。
店には買取時の身分証記録と、防犯映像も残っていた。
犯人は近隣で仕事をしていた作業員だった。
「使われていない別荘だと思った」
事情聴取でそう話したらしい。
だが、使われているかどうかなど関係ない。
他人の物を盗み、家まで壊していい理由にはならない。
後日、犯人側から給湯器の交換費用、配管工事代、外壁の修理費を全額負担するとの連絡が入った。
現場確認に来た会社の責任者は、傷だらけの壁を見て何度も頭を下げた。
私は怒鳴らず、黙って1冊のファイルを机に置いた。
中には現場写真、保証書、防犯映像の時刻、修理見積書が順番に並んでいた。
「使っていない家だと思ったんですよね」
私が静かに尋ねると、犯人は一度も顔を上げられなかった。
修理が終わった日、壁には新しい給湯器と防犯カメラが設置された。
人目につく場所だから安全なのではない。
証拠を残し、諦めずに追う人がいるから、盗んだ者は逃げ切れないのだ。