「これ、うちのフェンスなんですけど……」
庭に出た私は、隣家との境界を見て言葉を失った。
我が家の黒いアルミフェンスに、太い結束線が何重にも巻きつけられていた。
その結束線の先には、隣人が新しく設置した金網フェンスが固定されている。
事前の相談は一度もなかった。
近づいて確認すると、金属線が食い込んだ部分には白い擦り傷が何本も残り、塗装まで剝がれ始めていた。
このフェンスは、家を建てた際に私たちが費用を全額負担して設置したものだ。
境界確認書にも、工事図面にも、所有者は我が家だと明記されている。
悲しさより先に、なぜ勝手に他人の物を使えるのかという疑問が湧いた。
それでも私は、すぐに結束線を切らなかった。
勝手に外せば、今度はこちらが壊したと言われるかもしれない。
私は傷の位置、結束線の巻き方、フェンス全体、境界杭を、日付が残る設定で撮影した。
さらに建築時の契約書と図面を取り出し、施工業者にも現場を確認してもらった。
担当者は傷を見た瞬間、眉をひそめた。
「この固定方法では、風で揺れるたびに傷が深くなります。変形する可能性もありますね」
後日届いた補修見積書は、6万8000円。
私は写真と見積書を持って、隣人宅を訪ねた。
すると隣人は悪びれもせずに笑った。
「境界にある物なんだから、半分はうちの物でしょ」
私は反論せず、境界確認書を机に置いた。
「フェンスは境界線の内側にあり、設置費用も所有権も我が家です」
続けて、施工前の写真、工事図面、現在の傷、補修見積書を順番に並べた。
隣人の笑顔が消えた。
それでも隣人は、
「こんな小さな傷で6万円もするわけない」
と声を荒らげた。
そのとき、同行していた施工業者の担当者が静かに口を開いた。
「結束線を外すだけでは直りません。塗装の補修と、柱のゆがみの点検が必要です」
さらに管理会社を通じて確認したところ、隣家の工事業者は、我が家のフェンスを使用する許可を得たと聞かされていたらしい。
隣人が勝手に「許可済み」と伝えていたのだ。
工事業者はその場で頭を下げ、結束線をすべて撤去した。
隣人も、言い逃れができないと分かったのだろう。
翌週、補修費用を全額負担するという書面を持ってきた。
修理後、傷はきれいに消えた。
隣家の金網フェンスも、独立した支柱を立てて設置し直された。
私は最後まで怒鳴らなかった。
他人の所有物を勝手に使い、「少しくらい」と軽く考える人には、感情ではなく写真、図面、見積書で向き合う。
静かに残した証拠ほど、身勝手な言い訳を封じるものはない。