試着室で服を脱ごうとした瞬間、私は天井を見上げて固まった。
仕切りの上、蛍光灯の近くに、丸い黒い防犯カメラのようなものが見えたのだ。角度的にこちらを向いているようにも見える。鏡にも映り込んでいて、急に背中がぞわっとした。
「これって、見られてる……?」
手に持っていたワンピースを戻し、私はすぐに着替えるのをやめた。外で待っていた友人に写真を見せると、友人も顔をしかめた。
「いや、これは不安になるよ。店員さんに聞いた方がいい」
私はレジにいた若い店員さんに声をかけた。
「あの、試着室の上にカメラみたいなものが見えるんですが、試着室の中って映っていませんよね?」
すると店員さんは一瞬困った顔をして、「防犯用なので大丈夫だと思います」とだけ答えた。
“思います”。
その言葉で、余計に不安になった。大丈夫なら、はっきり大丈夫と言ってほしい。試着室は、客が一番無防備になる場所だ。曖昧な説明で済ませていい話ではない。
私は声を荒らげず、写真を見せながら言った。
「責めたいわけではありません。ただ、試着室からこう見える状態だと、安心して着替えられません。店長さんに確認していただけますか」
数分後、店長が来た。最初は「売り場を映すためのカメラです」と説明したが、私が試着室の中から撮った写真を見せると、表情が変わった。
「これは……確かに、お客様側から見ると不安になりますね」
店長はその場で事務所に戻り、実際のモニター映像を確認してくれた。結果、カメラは売り場通路を映しており、試着室の内部は映っていなかった。
それを聞いて安心した一方で、私はもう一つだけ伝えた。
「映っていないなら良かったです。でも、見えているだけで怖い人もいます。特に試着室では、説明がないと疑ってしまいます」
店長は深く頭を下げた。
「ご指摘ありがとうございます。すぐに本部へ報告し、角度と案内表示を確認します」
後日、同じ店に行くと、試着室付近には小さな案内が貼られていた。
「防犯カメラは売場通路のみを撮影しており、試着室内は撮影しておりません」
さらに、試着室側からカメラが見えにくいよう、上部の位置も少し調整されていた。
私はその表示を見て、ようやく安心して服を選べた。
今回、実際に見られていたわけではなかった。けれど、不安を感じた客に「大丈夫だと思います」で済ませなかったことは、大事だったと思う。
お店に悪意がなくても、配置ひとつ、説明ひとつで信頼は揺らぐ。
そして私も学んだ。違和感を覚えた時は、黙って我慢する必要はない。怒鳴らなくても、証拠の写真を見せて冷静に確認すれば、ちゃんと変わることもある。
試着室で見上げたあの一瞬の不安は、最後には安心して買い物できる店づくりにつながった。