2011年4月18日、栃木県鹿沼市で発生したクレーン車暴走事故は、日本の交通安全制度に大きな衝撃を与えた。朝の通学時間、いつもと変わらないはずだった道路で、6人の小学生の命が突然奪われたのである。
事故を起こしたのは、当時26歳の男だった。彼は10年間で12回もの交通事故を起こしていた。その中には、てんかん発作が直接の原因となった事故も複数含まれていた。
それにもかかわらず、男は大型特殊免許や移動式クレーン免許を取得し、10トンもの重機を運転する立場にあった。
なぜ、危険を繰り返していた人物が、巨大な重機を操ることができたのか。その背景には、病気を隠し続けた本人の行動と、当時の免許制度の大きな問題が存在していた。
事故当日の朝、鹿沼市樅山町の国道293号では、小学生たちが集団登校をしていた。児童たちは黄色い帽子をかぶり、白線の内側を一列になって歩いていた。目的地は鹿沼市立北小学校。友達と会話をしながら歩く、いつもの朝の光景だった。
しかし午前7時45分頃、その日常は一瞬で崩れ去った。
10トンクレーン車が突然、対向車線から中央線を越えて進入したのである。
道路は見通しの良い直線だった。通常なら事故が起きる可能性は低い場所だった。
だが、運転席では異変が起きていた。
男はてんかん発作によって意識を失っていた。
意識を失った運転手には、ブレーキを踏むことも、進路を修正することもできない。重さ10トンのクレーン車は制御を失ったまま進み続け、通学途中の児童たちの列へ向かっていった。
現場にはブレーキ痕が残っていなかった。
記事はまだ終了していません。次のページをクリックしてください
引用元:https://www.youtube.com/watch?v=i5ptTIa2tFg,記事の削除・修正依頼などのご相談は、下記のメールアドレスまでお気軽にお問い合わせください。[email protected]