私の名前は高橋のり子、65歳。夫の誠一は68歳で、二人とも年金生活に入ってからは「無理のない旅」を楽しみにしている。若い頃みたいに予定を詰め込まず、朝はゆっくり、昼は美味しいものを少しずつ。そんな小さな贅沢が、今の私たちには一番合っていた。
今回の目的地は金沢。北陸新幹線の指定席を、早めに窓側と通路側で二人分押さえていた。
夫は鉄道好きで、私は旅のしおり作りが趣味。市場で海鮮、兼六園で散策、夜は金沢おでん――それだけで十分幸せだと思っていた。
出発してしばらく、車内が落ち着いた頃だった。通路の向こうに、若い夫婦らしい二人が立っているのが見えた。女性はお腹が少し大きく、手で庇うようにしている。妊婦さんだろう。顔色も優れず、立っているのが辛そうに見えた。
「席、譲って差し上げた方がいいかしら……」
私が小声で言いかけた瞬間、こちらへ一直線に来たのは、妊婦さんではなく隣の男だった。派手な柄シャツ、だらしなく開いた襟、声だけは妙に大きい。
「ちょっと、そこ。代われよ」
「え……こちら、指定席で――」
私が言い終える前に、男は鼻で笑った。
「見りゃ分かんだろ。うちの嫁、妊婦だぞ?立たせとくの可哀想だろ」
そして、最後に追い打ちみたいに吐き捨てた。
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引用元:https://www.youtube.com/watch?v=O798MGpkadE,記事の削除・修正依頼などのご相談は、下記のメールアドレスまでお気軽にお問い合わせください。[email protected]