【文章タイトル】
娘に頼まれアメリカで孫の世話をしていた私――お風呂で5歳の孫が漏らした「埼玉の家」の話を聞き、帰国を決めた
【Facebook時間線導入文】
「おばあちゃんが日本に帰ったら、
埼玉の大きな家は全部ハルトのおもちゃになるんだって」
58歳の清子は、娘・明りからの電話でアメリカへ向かいました。
「仕事と子育てでもう限界なの。数か月だけ助けて」
20年以上前に夫を亡くし、女手一つで娘を育ててきた清子にとって、明りは何より大切な存在でした。
16時間の飛行機にも耐え、重い荷物いっぱいに日本の食材や孫への品を詰めて渡米しました。
ところが到着すると、娘夫婦の暮らしには違和感がありました。
「お金がない」と泣いていたはずなのに、新しい高級車と立派な家。
家の中は散らかり、婿・大樹は清子の持参した漬物を目の前で捨てました。
それでも清子は、
「娘が苦労しているのだから」
と自分に言い聞かせます。
やがて娘から渡されたのは、家事の一覧でした。
朝食と弁当作り、孫の送迎、2階建ての家の掃除、洗濯、買い物、アイロン掛け、庭仕事、夕食。
ほとんど一日中働く生活でした。
腰が痛くても、洗剤で手が荒れても、娘夫婦はそれを当然のように受け取っていました。
記事はまだ終了していません。次のページをクリックしてください