遺品整理をしていた押し入れの奥から、古いアルバムが出てきた。
母が三か月前に亡くなり、実家の片付けを始めたところだった。父はすでに十年前に他界していて、実家に住む人はいなくなっていた。一人娘の私が、少しずつ荷物を整理していた。
ページをめくっていると、一枚だけ知らない写真が挟まっていた。生後間もない赤ん坊を抱く、若い頃の母だった。
写真の裏には、鉛筆で「みちる 昭和三十六年」と書かれていた。
私にはその名前に、まったく心当たりがなかった。兄弟姉妹は私一人だと、ずっと聞かされて育った。母に確かめたくても、もう本人はいない。
気になって、母の妹である叔母に電話をかけた。
「みちるって誰か知ってる?」
電話の向こうで、叔母がしばらく黙り込んだ。
「……お姉ちゃん、まだ話してなかったのね」
その一言で、何か大きなことがあったのだと分かった。叔母は少し声を落として、話し始めた。
「あなたが生まれる前にね、お母さんには最初の子がいたのよ」
みちるというのは、母が結婚して二年目に産んだ女の子だった。生まれつき体が弱く、生後半年で肺炎をこじらせて亡くなったのだという。
当時、医療も今ほど整っておらず、手を尽くしても助けられなかったと叔母は言った。
「当時は、そういうことを口にするものじゃないって空気があってね。お姉ちゃんも、誰にも話さないまま生きてきたの」
叔母の声には、長い年月分の重さがあった。
「毎年、あの子の命日になると、お姉ちゃんは一人でお参りに行っていたのよ。あなたには黙って」
私は言葉が出なかった。
母が毎年、家族の誰にも言わずに、一人で墓へ向かっていたことを、私はまったく知らなかった。子どもの頃、母が決まって同じ日に一日だけ出かけていたことを、ぼんやりと思い出した。あれは、みちるに会いに行っていたのだ。
叔母に教えてもらった霊園を、休みの日に訪ねた。小さな墓石には、みちるの名前と、母の実家の姓が刻まれていた。花を供え、手を合わせながら、六十年もの間、母がこの場所に一人で通い続けていたことを思うと、胸が締め付けられた。
母は、私の前で泣いた姿を見せたことがほとんどなかった。いつも穏やかで、多くを語らない人だった。その静けさの奥に、六十年抱え続けた悲しみがあったのだと、今になって知った。
来年の命日には、私も一緒にお参りに行こうと思う。母が一人で背負っていた時間を、これからは私も分けて持っていたい。
家に帰ってから、仏壇にみちるの写真をそっと飾った。母の遺影の隣に置くと、ようやく家族が揃ったような気がした。
写真の中の母は、まだ二十代の若さで、赤ん坊を抱いて静かに微笑んでいた。その笑顔の意味を、私はようやく理解できた気がする。