父の遺品整理をしていると、古びた手帳が出てきた。
三年前に他界した父は、口数の少ない人だった。褒められた記憶も、ほとんどなかった。仕事一筋で、家では新聞を読んでいるか、黙ってテレビを見ているだけの人だった。夕食の席でも、会話らしい会話はほとんどなく、私は反抗期の頃、父のことを苦手だと感じていた時期もあった。
手帳の表紙は擦り切れて、角が丸くなっていた。
何気なくページをめくると、几帳面な字が並んでいた。
「四月八日 息子、入学式。緊張した顔で立っていた」
私が覚えている限り、父は入学式に来ていなかったはずだった。母から、父は仕事で来られなかったと聞かされていた記憶がある。それでも、日付と共に細かく記録が残されていた。
「六月十二日 息子、初めて自転車に乗れた」
忘れていた出来事まで、正確に書かれていた。あの日、公園で何度も転んで、最後にようやく漕げるようになった瞬間を、父は少し離れた場所から見ていたのだろうか。そういえば、あの日だけ父が仕事を早く切り上げて帰ってきていたことを、うっすらと思い出した。
ページをめくるごとに、知らなかった父の姿が見えてきた。
就職の内定が決まった日、結婚式の日、子どもが生まれた日。節目ごとに、短い一文が添えられていた。
「三月三十日 息子、就職決まる。安心した」
「十月十日 息子、結婚式。立派になった」
どの言葉も飾り気がなく、それでいて、確かな喜びがにじんでいた。父の口から、そんな言葉を聞いたことは一度もなかった。
最後のページには、私宛てとだけ書かれていた。
「大きな声で褒めてやれなかった。不器用な父ですまなかった。お前のことは、いつも見ていたつもりだ」
日付は、亡くなる少し前だった。
そこに書かれていた言葉を、私は何度も読み返した。目頭が熱くなって、しばらく手帳を閉じることができなかった。
父が入学式に来ていなかったと聞いていたのは、母の勘違いだったのか、それとも遠くから見ていただけだったのか、今となっては確かめる術はない。
それでも、父が私の人生の節目を、一つも見逃していなかったことだけは分かった。
不器用で、言葉少なだった父。その分だけ、手帳の中には、言えなかった思いがぎっしりと詰まっていた。
子どもの頃、父にもっと話しかければよかったと、今さらながら思う。同じ屋根の下にいながら、私は父のことをほとんど知らないまま大人になってしまった。
今度、実家の近くにある父の墓を訪ねたら、初めて自分から声をかけてみようと思う。手帳を見つけたことを、そして遅れて気づいたことを、伝えたい。