夫と正月に息子夫婦の家へ向かったあの日、私はまさか「家族ではない」と言葉にされるほどの屈辱を味わうことになるとは思ってもいなかった。
私の名前は佐々木陽子、六十八歳。隣にいる夫の正雄は七十二歳。私たちは長年、息子のたかしと孫の翔太の幸せだけを願って生きてきた。
十二月の半ば、息子の妻であるあやかから電話があった。
「今年のお正月、うちに来てください。
翔太も、おじいちゃんとおばあちゃんに会いたがっています」
その言葉を聞いた瞬間、胸の奥が温かくなった。最近、翔太とはあまり会えていなかった。以前より少し距離を感じることはあったが、成長期の子どもなら仕方がないと思っていた。
正雄も嬉しそうに笑った。
「今年こそ、ゆっくり孫の成長を見られるな」
私たちは手土産を選んだ。五万円の高級日本酒、老舗のお菓子。そして翔太へのお年玉は十万円を包んだ。
「小学四年生だもの。欲しいものもあるだろう」
正雄はそう言いながら、嬉しそうに封筒を準備していた。
元旦の朝、私たちは早めに家を出た。車の中で正雄は静かに呟いた。
「俺たちも年を取ったな。でも、まだまだ孫の成長を見守りたい」
その横顔を見ながら、私はこの人と家族を作れてよかったと思った。
正雄は自衛官として三十年間働き、多くの人を助けてきた人だった。厳しい仕事をしていたが、家では誰よりも優しい父親であり、祖父だった。
午前十時、私たちは息子夫婦が住む高級マンションへ到着した。
そのマンションの頭金三百万円を援助したのは、ほかでもない私たちだった。
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引用元:https://www.youtube.com/watch?v=OA_C9J6V4ww,記事の削除・修正依頼などのご相談は、下記のメールアドレスまでお気軽にお問い合わせください。[email protected]