「正月に私たちハワイ行くんで、子供預かってください」
12月18日の夜、病院での仕事を終え、疲労困憊で帰宅した私に届いたのは、息子・直哉からの業務連絡のようなメッセージでした。しかもその続きには、「母さんが前に援助してくれた50万円で行けることになりました。感謝してます」という追い打ちの言葉。
私と夫の浩司は、長年必死に働いてきました。
息子の学費、マンション購入資金、孫の誕生祝い……これまでの援助総額は600万円を超えています。それでも、私たちが最後に望んでいたのは、32年間の労働の末に、二人で静かに過ごす初めての正月でした。
それなのに、息子たちは私たちの金でハワイへ行き、さらにはアレルギー対応の食事、塾の宿題、夜泣き対応まで押し付けてきたのです。嫁の奈美からは「調理のプロなんだから手作りでお願いしますね」と、電話一本で無茶振り。彼らにとって、私は便利な道具でしかなかったのでしょう。
大晦日、荷物を押し付けてハワイへ旅立つ息子夫婦を背に、私は静かな怒りと共に、ある決断を下しました。
「あなた、私たちもハワイに行きましょう」
翌朝、私たちは息子の予約したホテルよりワンランク上のオーシャンビュースイートを自費で予約し、日本を飛び立ちました。機内モードにしたスマホには、子供たちの世話に困り果てた息子からの着信が100件を超えて表示されていましたが、全て無視しました。
ワイキキのビーチで、偶然にも息子夫婦の険悪な姿を見かけましたが、私たちはバルコニーでシャンパンを傾け、心からの休息を楽しみました。
自分たちの稼いだお金で、自分たちのために使う。これほど贅沢な時間は人生で初めてでした。
帰国後、家で待ち構える息子夫婦に対し、私はこれまで援助してきた2,000万円以上の記録を突きつけ、冷徹に告げました。「私たちは便利な道具でも、ATMでもないのよ」。
その言葉に、ようやく息子夫婦は親も一人の人間であると気づいたようです。
涙ながらに謝罪し、今では孫たちを連れてバーベキューに招待してくれるまでに成長しました。
「良い母親」でいることに疲れ、搾取され続けた日々。しかし、理不尽に屈せず、自分の尊厳を守るために行動したあの日、私は本当の意味で「自分たちの人生」を取り戻すことができたのです。今の私たちは、かつてないほど穏やかで、対等な家族の絆を築けています。
引用元:https://www.youtube.com/watch?v=gaYBackR-Xc,記事の削除・修正依頼などのご相談は、下記のメールアドレスまでお気軽にお問い合わせください。[email protected]