夫がコンビニへ出かけた直後、テーブルに置かれたスマホが鳴った。
画面に表示されたのは、「電気工事安田さん」という名前。
仕事の連絡だと思って何気なく目を向けた瞬間、私は凍りついた。
「うん奥さんにバレないようにねぇ」
一度読んだだけでは意味が理解できなかった。
しかし、文字を目で追うたびに心臓が激しく鳴り、持っていたコップがカタカタと震え始めた。
夫は最近、「現場が忙しい」「急な工事が入った」と言って帰宅が遅くなる日が増えていた。休日にも“安田さん”から呼び出され、朝から出かけることがあった。
私はずっと、家族のために働いてくれているのだと信じていた。
今すぐスマホを開いて確かめたかったが、暗証番号は知らない。そこで私は感情のまま問い詰めず、通知画面を自分のスマホで撮影した。
数分後、夫がコンビニ袋を提げて戻ってきた。
「どうした? 顔色悪いぞ」
私は何も答えず、撮影した画像を見せた。
夫の顔から一瞬で血の気が引いた。
「違う。これは安田さんがふざけて送ってきただけだ」
「電気工事の男性が、あなたにこんな文章を送るの?」
そう尋ねると、夫は目をそらし、「最近は男同士でも絵文字くらい使う」と苦しい説明を始めた。
そのとき、再びスマホが鳴った。
夫が慌てて端末を伏せたため、私は確信した。
「今ここでロックを解除して。見せられないなら、今日は実家へ帰る」
しばらく黙り込んだ末、夫は観念したようにスマホを差し出した。
“安田さん”の正体は、夫の職場近くにある飲食店で働く女性だった。連絡先を男性名で登録し、半年近く私に隠れて会っていたのだ。
しかも履歴には、夫が「出張」と言って家を空けた日に、二人で泊まったホテルの予約画面まで残っていた。
夫は床に膝をつき、「ただの遊びだった」「家庭を壊すつもりはなかった」と繰り返した。
だが、その言葉を聞いた瞬間、私の震えは止まった。
家庭を壊したくなかった人は、妻に隠すため女性を「電気工事安田さん」と登録したりしない。
私は必要な画面をすべて記録し、その夜は夫を家から出した。翌日、弁護士へ相談し、相手の女性にも証拠を添えて通知した。
最初は「既婚者だと知らなかった」と否定されたが、メッセージには何度も「奥さんにバレないように」と書かれていた。言い逃れはできなかった。
話し合いの結果、夫と女性の双方から慰謝料が支払われ、離婚も成立した。共有財産も正式な手続きを通して清算した。
半年後、私は新しい部屋で暮らし始めた。
あの日の通知を思い出すと、今でも胸が痛む。
けれど、あの一文を見なければ、私は夫の嘘を信じ続けていただろう。
手が震えたあの瞬間は、結婚が終わった瞬間ではない。
嘘の中で生きていた私が、自分の人生を取り戻し始めた瞬間だった。