仕事を終えて帰宅したのは、22時を少し回った頃だった。
朝から休む暇もなく働き、夕食も取れないまま玄関を開けた。せめて家では静かに休みたい。そう思いながらキッチンを見た瞬間、私は言葉を失った。
シンクには食器やコップが山積み。
調理台にも鍋やボウルが残され、包丁を置く場所さえない。
妻はリビングでスマホを見ていた。
「今日ずっと家にいたんだよね?」
疲れも重なり、思わず責めるような声が出た。
「俺は22時まで働いてきたんだ。せめて食器くらい洗っておいてくれない?」
妻は顔を上げたが、言い返さなかった。
ただ、目の下には濃いクマがあった。
そのとき、奥の部屋から3歳の娘の泣き声が聞こえた。妻はすぐに立ち上がり、娘を抱いて戻ってきた。
「今日、39度近くまで熱が出たの」
テーブルには体温計、薬の袋、診療明細書が置かれていた。
朝から娘が何度も吐き、着替えと洗濯を繰り返したこと。病院の待合室で2時間待ったこと。帰宅後も食べられそうな物を何種類も作ったこと。
シンクに積まれていたのは、そのたびに使った食器だった。
妻のスマホに表示されていたのも動画ではなく、娘の症状と服薬時間を記録したメモだった。
「洗おうとは思った。でも、少し離れると泣いて……」
妻がそう言った直後、娘が妻の服に吐いた。
妻は慣れた手つきで娘を抱き直したが、足元がふらついていた。
私はそこでようやく気づいた。
妻は何もしていなかったのではない。
私が職場にいた12時間、たった1人で病気の娘を守っていたのだ。
「ごめん。俺、自分だけが大変だと思ってた」
私は上着を脱ぎ、シンクの前に立った。
妻には娘と横になるよう伝え、食器を洗い、台所を片づけた。終わったのは深夜0時を過ぎていた。
翌朝、私は会社に事情を説明して休みを取った。
妻を寝かせ、娘の薬、食事、着替えを引き受けた。ところが、薬を飲ませるだけで30分。食事を作っても一口で拒否され、洗濯物は昼までに2回増えた。
夕方には私のほうがぐったりしていた。
妻が静かに言った。
「昨日は、これを朝からずっとやってた」
返す言葉がなかった。
それから私たち夫婦は、「外で働く人」と「家にいる人」で比べるのをやめた。帰宅前に家の状況を確認し、片方が限界の日は、もう片方が家事を引き受けることにした。
食器が残っていても、最初に理由を聞く。
疲れているときほど、相手を責める前に声をかける。
数日後、娘は元気になった。
あの夜、私が妻に申し上げたかったのは文句だった。
しかし、本当に伝えるべきだった言葉は一つだけだった。
「今日も家族を守ってくれて、ありがとう」