新幹線の中で、私はただ当たり前のことをしただけだった。
旅行帰りの車内。
私の前には、杖を持った高齢の男性が立っていた。
長時間立っているのが辛いのか、何度も手すりを握り直している。
その姿を見た瞬間、私は自然と立ち上がった。
「どうぞ、お座りください」
男性は少し驚いた顔をして、何度も頭を下げた。
「ありがとうございます」
その時だった。
横から一人の男がスッと入り込み、空いた席に腰を下ろした。
一瞬、何が起きたのか分からなかった。
「……すみません」
私は声をかけた。
「その席は、今この方に譲ったものです」
すると男はスマホから目も離さず、冷たく言った。
「は?」
「早い者勝ちでしょ」
耳を疑った。
席取りゲームをしているわけじゃない。
目の前には、今まさに席を譲られた高齢者が立っている。
「違います。この方に譲った席です」
もう一度伝えると、男は鼻で笑った。
「じゃあどうするの?」
そして、信じられない一言を続けた。
「どかすの?」
周囲の人たちは気づいていた。
でも、誰も声を出さない。
関わりたくない。
そんな空気が車内に流れていた。
男はさらに調子に乗った。
「何?怒ってるの?」
「やるならやれば?」
「どうせ何もできないだろ」
その瞬間、頭に血が上った。
子どもの前で、こんな理不尽を許していいのか。
気づけば、私は一歩前に出ていた。
しかし――
「パパ……」
後ろから小さな手が私の腕を掴んだ。
「やめて……」
その声で我に返った。
ここで手を出したら、相手の思う通りになる。
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