二〇二六年の幕開け早々、永田町に冷たい衝撃が走った。立憲民主党の「仕事始め」。本来なら結束を誓い、前向きな空気を演出すべき場で、野田佳彦代表が放った“軽口”が、党を内側から引き裂く刃になってしまったのである。
野田代表は壇上で、場を和ませるつもりだったのだろう。「ネットでは、私はいまだに増税派と言われているし、最高顧問は媚中派だと言われている」――。
笑いに包まれるはずの自虐ジョークは、次の瞬間、会場の空気を凍らせた。立憲で「最高顧問」といえば、実質的に枝野幸男氏を指す。名指しではない。だが、皆が“誰のことか”を理解していた。
そして、枝野氏の反応は想像を超えた。笑って流すでも、裏で釘を刺すでもない。彼は即座にX(旧ツイッター)を更新し、世界に向けて悲鳴のように叫んだのだ。「最高顧問は私一人。私は台湾の要人とも親しくしてきた。媚中派と呼ばれたことなど一度もない」。否定の言葉が、逆に焦りを露呈させる。ネット上には「そこまでムキになる方が怪しい」「傷に触れられたのでは」と冷笑が溢れ、火は鎮まるどころか燃え広がった。
問題は“ケンカ”ではない。
なぜ、たった一言にここまで過剰反応したのか――。その答えとして囁かれたのが、過去の発言や行動の「記録」が再発掘され、拡散され始めたという指摘だ。いまの日本では、対中姿勢が政治生命に直結する。高市早苗政権が強硬姿勢を鮮明にするほど、「親中」「媚中」のレッテルは単なる悪口では済まない。だから枝野氏は、冗談を冗談として処理できなかった。
そう見られても仕方がない空気が、すでに出来上がっていた。
しかも残酷なのは、同じ時間軸で比較対象が存在したことだ。ネットで拡散されたのは、野党幹部が身内のジョークに動揺する姿だけではない。対照的に、高市総理は中国側からの強い言辞が飛び交ったとされる場面でも「相手にする価値なし」と淡々と構え、外交日程を崩さなかった――そんな“格の違い”を強調する投稿が伸び、立憲への視線はさらに冷えた。
そして最後に残ったのが、最も不気味な仮説である。野田代表は、わざと引き金を引いたのではないか。党内の矛盾を炙り出し、路線対立を表面化させるための“自爆スイッチ”だったのではないか――。もちろん真相は分からない。だが結果だけは明確だ。ジョーク一つで、最高幹部が「私は媚中じゃない!」と絶叫し、党の統制不全まで世界に晒した。
新年の挨拶が、致命的な分裂の号砲になった。あの一言は、笑いを取るための自虐ではなく、立憲民主党が抱え続けた綻びを一気に裂いた“引き金”だったのかもしれない。あなたは、この光景をどう受け止めるだろうか。
引用元:https://www.youtube.com/watch?v=e22zVDMIYfw,記事の削除・修正依頼などのご相談は、下記のメールアドレスまでお気軽にお問い合わせください。[email protected]