井上謙一、三十六歳。今では都内の企業に勤めるごく普通の会社員だが、若い頃の彼を知る者は、今でもその名を忘れない。かつて一帯で恐れられた暴走族の総長――それが、彼のもうひとつの過去だった。もっとも、今の謙一にとって何より大切なのは、平穏な暮らしと、高校生の娘・ゆかりの存在である。
その夏、ゆかりの通う高校が地域の納涼祭にボランティアとして出店することになった。
ゆかりはかき氷の屋台を任されることになり、謙一はその様子を見に行く約束をしていた。夜勤明けで不在の妻に代わり、父親である自分が娘の頑張る姿を見届けたい――ただそれだけの思いだった。
夕暮れの神社には提灯の灯りが揺れ、屋台の呼び声と子どもたちの笑い声が交じり合っていた。祭りらしい賑わいの中、かき氷屋台の前に立つゆかりは、忙しそうにしながらもどこか誇らしげだった。
「来てくれたんだね、お父さん」
「ああ。頑張ってる姿をちゃんと見ておきたくてな」
だが、ゆかりの表情はすぐに曇った。買い出しに出た友達が戻ってこないというのだ。時間が経っているのに連絡もつかず、不安そうに辺りを見回している。
謙一はすぐに屋台を離れ、ゆかりとともに会場内を探し始めた。
すると、神社の裏手からかすかな悲鳴が聞こえた。駆けつけた先で二人が目にしたのは、数人のチンピラに取り囲まれ、怯えきった表情を浮かべるゆかりの友人の姿だった。
「若いのに働いてて偉いねえ。少し休んでいこうよ」
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引用元:https://www.youtube.com/watch?v=Pud5v2QdNhU,記事の削除・修正依頼などのご相談は、下記のメールアドレスまでお気軽にお問い合わせください。[email protected]