二〇二六年の幕が上がった。その“仕事始め”の朝、自民党本部の空気はいつもと違っていた。ざわめきではなく、静かな緊張――まるで舞台袖で全員が呼吸を揃えるような、そんな気配が漂っていたのである。高市内閣と党執行部による仕事始め式。ここで撮影された一枚の集合写真が、瞬く間に「最恐内閣」と呼ばれ拡散された。
理由は単純だ。豪華、という言葉では追いつかない“圧”があった。
主要メンバーが誰ひとり欠けることなく、ひとつのフレームに収まっている。その整列は、派手な演出ではなく、むしろ無駄を削いだ現場の形だった。視線の鋭さ、背筋の角度、表情の硬度。見た者の多くが「威圧感すらある」と呟いたのは、過剰な誇張ではない。
式の中で高市総理は、はっきりと言葉を置いた。「自民党の強みは人材である」。それはスローガンではなく、方針宣言だった。最強メンバーをそろえ、日本全体の底上げを推進する――その方向性が、言葉より先に写真から伝わってくる。だからこそ“最恐”と呼ばれたのだろう。恐いのは威張るからではない。淡々とやり切りそうだから恐い。そういう種類の怖さである。
ネットの反応は熱かった。「メンツが豪華すぎてずっと見ていられる」「高市総理の限り、党を支持し続ける」「前政権と比べて空気が明るくなった」。一方で、冷静な釘刺しも混じる。「人材が揃っていても、やることが人材でなければ国は衰退する。しっかり頼む」。期待が大きいほど、条件も厳しくなる。二〇二六年は、その“試験”の年でもある。
そして、皮肉混じりの声がさらに拡散を加速させた。「あれ、俺たち呼ばれてないぞ」と、別陣営をからかうような投稿が飛び交い、「自民党が一枚岩に見える」「執行部が盤石すぎる」といった印象が定着していく。麻生太郎の名を挙げて「もう引退したいな」「ダメです、まだ働いてもらいます」と半ば物語調に語られるのも、今の空気感を象徴していた。
冗談の形を借りた本音――“この布陣ならやれる”という期待の裏返しである。
「最恐内閣」が大集結した結果、何が起きたのか。まだ答えは出ていない。ただひとつ確かなのは、写真一枚で世論の温度が変わり、政治が“動き出す予感”を纏い始めたことだ。二〇二六年、最強の顔ぶれが揃った以上、問われるのは次の一手。ここから先は、見せ方ではなく、結果である。
引用元:https://www.youtube.com/watch?v=e3nJ3Ishzl0,記事の削除・修正依頼などのご相談は、下記のメールアドレスまでお気軽にお問い合わせください。[email protected]